17話
メゲルド・テン・ルーハストは、王国において決して主役となる器ではなかった。
第二王子の側近、北方領土の辺境伯、貴族階級の中では温厚で知略に富んだと評されることもあったが、誰の記憶にも深く残らない、影のような存在だった。
本来、彼は勇者軍と対立する未来を歩むはずだった。
頑なに自領を守り、勇者の理想を「現実を知らぬ絵空事」と斬り捨て、そして歴史の表舞台で堂々と勇者と刃を交える。敗れ、名誉と共に死ぬことで己の信念を貫き、重厚な敵役として名を残すはずだった。
だが、転生はその運命を変えた。
なぜかはわからない。ただ、雪に埋もれた死の瞬間、何かが「やり直せ」と告げた気がした。
新たな身体は、老いた貴族のものだった。すでに子も孫もおり、政治からも半ば退いていた領主──だが、彼はその立場を使った。
「この地の農地改革を進めよう」
気まぐれだった。
いや──もしかすると、何かを残したかっただけなのかもしれない。
飢える民を見た。冷たい風の中で育たぬ作物を見た。
メゲルドは知識を使った。輪作制度、水路の整備、食糧備蓄の改善。かつての世界で聞きかじった断片的な知識を用いて、小さな領地に食の安定をもたらした。
結果、領地内の自給率は上がり、農民たちの暮らしはわずかにだが豊かになった。
──それが、まずかった。
彼は「勇者軍の理想を脅かす存在」として、処断された。
何の通告もなく、ただ一人の刺客が彼の部屋に現れた。
「……なるほど。これが運命の修正、か」
メゲルドは抵抗しなかった。
もはや、この命に未練はなかった。
ただ、誰かがこの地で「何かを変えようとしていた」という記録が、誰か一人の記憶にでも残れば──それでよかった。
血が滴る床に倒れながら、彼はかすかに笑った。
「レニス、ダ……お前たちも、どこかで見ているか?」
転生とは、やり直しではなかった。
過ちを知るだけの、罰だ。
彼の名を知る者は、もういない。
そして、誰も「この地に希望を残そうとした者」がいたことを知らない。
メゲルド・テン・ルーハスト──
かつての英雄の一部でありながら、ただの“農地改革に手を出しただけの貴族”として、歴史の裏に消えた。