16話
炎が上がっていた。
夜の帳が降りる中、赤い焰が空に向かって吠えていた。叫んでいた。嘲っていた。
その中心にいるのは、「ダ」。
魔王軍幹部。知略に長け、冷静沈着で、部隊をまとめ上げる「参謀」として恐れられていた男。
本来であれば、現勇者との戦いの最中、彼は勇者の言葉に心を揺さぶられ、やがて寝返るはずだった。誇り高く、武に生きる勇者の姿に、自らの中に残っていた「人」としての何かを見出し、その後の歴史に大きな影響を与える存在となる予定だった。
だが──それも、叶わなかった。
転生した「ダ」は、違っていた。
もはや歴史に乗る気力もなかった。
何をやっても、どうせ死ぬのだ。英雄にも、魔王にも、ただの兵にもなれなかった彼にとって、この世界は「芝居の舞台」でしかなかった。
「やる気がないのか?」
部下に問い詰められたとき、ダは笑った。どうでもよかったのだ。作戦? 勝利? そんなもの、記録に残る前に忘れ去られる。
適当に立てた作戦が破綻し、味方が崩れ、前線が瓦解し──
結果、彼は責任を問われ、敵でもなく味方によって、首切りの刑に処されることとなった。
死を目の前にして彼は笑っていた。
「ああ……やっぱりな。俺は……物語に、選ばれなかった」
本来なら、勇者に斬られて死ぬはずだった。
敵であり、しかし人として最後に報われる、そんな最期が与えられていたはずだった。
だが、選ばなかったのは自分だ。
選び直せるはずだったのに、選び直すことを諦めた。
だから、この世界では彼を誰も記憶しない。
歴史に名を刻むはずだったダは、誰にも語られぬまま、消えた。
死の中、最後に浮かんだのは、勇者のあの目だった。
「どうして、お前はそんな目をするんだ……いや違う。これは彼の人生だ。俺のものでは....」