13話
メゲルド・テン・ルーハスト。
その名前は王国ではもはや忘れられて久しい。
だが、彼の死後、確かにひとつの風が吹いた。
それは穏やかな風ではなく、世界を動かし、裏切りと革命の始まりを告げる風だった。
前勇者――彼もまた、転生の運命を背負ってきた男。
あの日、彼はメゲルドの死を思い出した。
だが、その時、何かが違った。
それはただの「死」ではなかった。
メゲルドの死が、何かを突き動かす引き金となる予感が、強く胸に迫った。
彼はその予感を、無視できなかった。
「農地改革を試みた貴族だ」
彼はひとり、どこへ向かうことなく歩き続けた。
死んだメゲルドの地へ。
自分がかつて目を背けたその土地へ――
地面に残る足跡が、ひとしずくの血のように深く刻まれていった。
彼が足を踏み入れたのは、かつてメゲルドの時に改革を試みた土地。
荒れ果て、荒廃しきったその地は、今や誰も寄りつくことのない場所となっていた。
だが、それは一時的なものだった。
メゲルドが命をかけた農地改革が残したものは、やがて目に見えぬ力を持ち、後の世代に引き継がれていくこととなる。
前勇者は、ひとりその場所に立ち、深く息を吸い込んだ。
自分が何を失い、何を得てきたのか。
その全てが、今、この土地に交差しているような気がしていた。
メゲルドの死は、ただ一人の男の死に留まらなかった。
彼が守ろうとしたもの、その足取りはまさに世界を変える力となり、後に人々に新たな希望を与えていくことになる。
だが、メゲルドは知らなかっただろう。
その改革の先に待ち受けていたのは、彼自身が夢見たものではなく、裏切りの影だった。
その影とは、勇者軍の暗躍だ。
「メゲルドは、改革を進める中で勇者軍の手にかかって死んだ」という話は、最初は単なる噂でしかなかった。
だが、彼が行った改革の影響が広がるにつれて、その真実は徐々に明らかになっていった。
メゲルドが自らの命を懸けて築いた土地の未来を、勇者軍の一部は恐れていた。
その改革がもし成功すれば、勇者軍の支配が揺らぐことを知っていたからだ。
そして、彼の命を奪うことで、世界の秩序が保たれると考えた者たちがいた。
その結果、メゲルドの死が引き起こした波紋は、世界を大きく動かす力となった。
彼の死から数年後、メゲルドの名を受け継ぐ者たちが現れる。きっとそれは次世代の勇者。
彼の信念を胸に、革命のために立ち上がる者、そしてその考えを広める者が現れ、やがて王国は変わり始める。
そして、それが次第に勇者軍の動きにも影響を及ぼし、ついには王国全土を巻き込んだ大きな革命へと繋がっていった。
前勇者はその地に立ち尽くし、ただ静かにその瞬間を感じ取っていた。
メゲルドの死、それに伴う革命の兆し。
それが、彼に何をもたらすのか。
ただひとつ言えるのは、メゲルドの命が無駄ではなかったということだ。
彼の死によって芽生えた希望の芽が、次第に世界を変え、やがて勇者軍の力さえも試す時が来るだろう。
そしてその時、彼――前勇者もまた、その選択を背負いながら生き抜かなければならない。
メゲルドの死から紡がれた希望は、目に見えぬ力を持って世界に広がり、前勇者の心に深く根を下ろすこととなった。
彼は一度、メゲルドの名を呟いた。
「お前で変えられなかった世界を、俺は何とかする。今はそれだけだ」
前勇者の歩みは、もう後戻りすることなく進み始めていた。
彼の胸に宿ったその信念が、やがて世界を揺るがす力となる。
そして、メゲルドで命をかけて遺したその"思想"は、次の世代の手によって、世界を新たに塗り替えていくのだった。