9話
リオルは、ずっと盾だった。
村を焼かれ、家族を失い、何もかもが瓦礫になったあの日。
生き残ったただ一人として、彼は誰よりも長く泣いた。
「誰も守れなかった」
その悔しさが、彼の出発点だった。
鋼の鎧を背負い、大剣を担ぎ、傷だらけの体で前に立つ。
殴られても、焼かれても、血を流しても。
リオルはいつだって、仲間の前に立ちはだかった。
彼が戦士である理由は、ただ一つだった。
──もう、誰も死なせない。
それは、最初の仲間だったミリサ(僧侶)の死を前にして、ますます強くなった。
それは、ニクス(盗賊)の儚い消失を経て、静かに煮えたぎった。
勇者は泣いていた。
「俺は何も守れない」と嘆いていた。
リオルはその隣に座り、低く、静かに言った。
「お前が剣を抜かなくて済むように、俺が前に立つ」
それが、戦士リオルの最後の言葉になるとは、誰も思っていなかった。
*
北方の絶壁《アムルの断層》。
魔王軍最強の一角、獣王カルヴァルとその親衛隊が拠点としていた凍土の要塞。
──決戦だった。
ニクスが命を投げて転移装置を壊したおかげで、勇者たちは魔王城のある主大陸への転送ルートをひとつ閉じることができた。
だが、代償として敵は各地の幹部を動かし、迎撃陣形を強化していた。
その中でも獣王カルヴァルは、かつて百の村を焼いたとされる猛将。
兵士数十人では足止めも困難──だが、リオルは動かなかった。
「ここで、俺が食い止める。俺だけでいい」
誰もが反対した。勇者も叫んだ。
だが、リオルの決意は覆らなかった。
「剣は前に進むためのものだ。
俺が盾になるから、お前らは……あのバカどもが流した血を、無駄にするな」
重厚な鎧を脱ぎ、古傷に再び包帯を巻く。
彼は一人、断層の橋に立ちふさがった。
そして、戦った。
咆哮と雷が轟く。
獣王カルヴァルと彼の軍勢が、断層を渡ろうとするたびに、リオルの剣がそれを押し返す。
彼の体は、もう限界だった。
腕は折れ、血は溢れ、視界もかすんでいた。
それでも、足を止めなかった。
心が燃え続ける限り、体は倒れなかった。
──これは誓いだ。
──俺は誰かを守るために、生きてきた。
そして最後の一撃──
リオルはカルヴァルと共に断層の底へと落ちていった。
絶望の咆哮を残して、猛獣と盾は共に消えた。
*
のちに《アムルの断層の戦い》と呼ばれたあの戦場で、
勇者たちは一歩、前に進んだ。
リオルの死は、誰よりも重かった。
ニクスが残した夜風は静かに吹き、ミリサが祈った空は冷たく曇っていた。
その中で勇者だけが、空を睨みつけていた。
「……俺だけが、生き残るのかよ」