プロローグ
雪が降った日のこと。
屋根のない家で体に雪を積もらせていた。
死にかけとでもいうのだろう。
俺は体温が逃げないようにと薄っぺらい毛布にくるまって、なんとか生きてはいるものの、寒さですでに指先や身体の感覚なんてない。何なら頭もぼーっとしている。まるで靄がかかっているみたいに。
街中を歩く人間によると今日は特段冷えこむ日であるらしい。いつもなら毛布がなくたって何とか耐えられる季節なのに。異常気象って奴だろうか。最近はそういうのが多い。
だが今日はそうでもないらしい。なんでも今は聖魔戦争とやらで、魔王と勇者が全面大戦中らしいのだ。その影響が天候までにもおよび、局所的な降雪を発生させたとかなんとか。迷惑な話である。
よく見れば雪だけでなくて、灰も混じってるじゃないか。これじゃあ息を吸うのも死に直結するんじゃないか?
家を持たずに廃墟で暮らすホームレスには耐えられないほどの状況だ。
でもきっと勇者様は今も命を懸けて魔王と戦っているのだろう。文字通り何を犠牲にしても。
それが例え世界各地の人々、建物、食料であったとしても。この世を戦いで半壊させても今後の世界を思って戦い続ける。
全く良い話だ。この戦いでもし魔王を滅して、世界を救おうものなら────これは神話になるような出来事になるのだろう。
伝説の勇者が、太古の魔王を打ち倒す。未来の子供たちが憧れるような英雄譚として、語り継がれるのだろう。
素晴らしい話だ。そうすれば今まで犠牲になった仲間たち、無惨にも殺された人々、壊された世界。それら全てが報われるのだから。
────本当にそうだろうか?
勇者様は本当にこの景色を見たのだろうか。
俺の眼前に広がるのは消滅した街の跡。球状に綺麗にくり抜かれたかのように存在する景色。
俺の居る廃墟の目の前までを攻撃範囲として設定され行われた魔王軍の攻撃。それによりきれいさっぱり無くなってしまった我が故郷。
涙も、血も、建物の瓦礫も、何ひとつとして残らずに無くなってしまった。
俺はこの国唯一の生き残り。
歴史という大きな流れで見れば、この国は記録されることもないだろう。記録されたとしても魔王軍によって破壊された国。この程度でしか記録はされない。それまでのこの国の刻んだ歴史、それはなかったことになる。
確かに神話として、英雄譚として、この戦争は語り継がれるべきことなのだろう。
しかしこの人知れず無くなったこの国のことも、誰かが語り継ぐべきではないのか。果たしてこの考え方は間違っているのだろうか?
でもまあいい。もうご飯を買うお金も、お金を稼ぐ体も、体を治すそのやる気も、エネルギーも。そもそも、それらを為す国も、俺にはありはしないから。
ああ眠い。
もう何もすることはできない。
いやひとつあったな。
昔から伝わる魔法ってやつが。
怪我をした時、くしゃみをしたとき、何かに挫けて励ますとき。
そんな時に使うとっておきが。
俺は残りの全ての意識を言葉に乗せる。
呼吸も忘れて、目も閉じて、体に巡る全てのエネルギーを魔法に込める。
「祝福」
さあ、今日はよく眠れそうだ。