一言。
「あら、お嬢様。今度は新しい小説をお読みになられてるんですね。」
静かに微笑みつつ私の顔を覗き込み
そっと紅葉色の髪の毛を耳にかけなおしながら、ハーブティーをそっとカップへ注ぐ。
「また同じような話でもういい加減うんざり。」
カップを持ち上げつつ、しおりを挟んだ小説を私は静かにテーブルの上に置いた。
「そうは言いましても、いま流行りの物語ですよ。お嬢様も前まではとても気に入っていらしたでしょう。」
やれやれ、というように少し首を横に振りながら目を瞑りだし、今度は私のお気に入りのクッキーを運び出した。
「だいぶ昔の話よ。もうとっくに卒業したわ。ただの余興で読んでいるだけです。」
「まぁ。ですがかなり読み進んでいるのではなくて?お嬢様。」
「うるさいですよ、アンナ。」
私の言葉に物怖じもせず、ふふっと笑い紅葉色の髪色を揺らすこの女性は
私の幼馴染であり侍女でもあるアンナだ。
「どれもこれも、婚約者が悪女に騙され自分が悪役令嬢の濡れ衣を着せられるも運命の人を見つけるという、ハッピーエンドの物語ばかり…。この小説を書く令嬢たちはみなさま脳内がお花畑なのではなくて?」
「それが流行というものなのですよ。」
異世界転生、悪役令嬢、前世の記憶……。
最近よく聞く言葉である。
異世界から転生した乙女、あるいは聖女が真実の愛を見つけるがそこへ割って入ってくる悪役令嬢。
数々の嫌がらせを悪役令嬢から受けながらも、くじけず努力し運命の相手と結ばれる…。
だが、話によっては転生してきた乙女が悪女だったり、濡れ衣を着せられた悪役令嬢が逆転劇に走り
悪役令嬢が真実の愛を見つけるなどの物語が最近目にすることが多い。
いい加減飽きた。
根っからの正真正銘の悪女はいないものか。
その悪女が誰にも負けず、強くたくましく男たちを手玉にとり悪事を働かせ続ける。
そんな物語があっていいものを。
…いや、あったのだ。昔は。
人間は飽き性なもので、流行りがあればそれにあやかり少し時間が経てばもう忘れてしまう。
だが面白いことに、流行っていたものはめぐりめぐって戻ってくるのだ。
……と信じている私は、転生者でも転移者でもなく
ましてや聖女のような特別な力も何も持っていない只の本好きな貴族令嬢である。
幼少期から本を読みつくしてきたけれど、最近出るような物語は飽きてしまった。
新しい刺激が欲しい。
誰かれっきとした悪女はいないものか。
そうしたら一番の特等席で見物したい。
もちろん、小説でもいい。
…本音を言えば目の前で見たいけれど。
「誰かいないの?れっきとした悪役令嬢。…もしくは令嬢でなくても悪女である女性。」
「もし現実にいても、今は周りの目が厳しいものですからよっぽどのことがない限りですね。」
「……つまらないわ。もしその物語が出版されたのであればすぐにでも買い漁るのに…!」
大きなため息をつき、肩を落とした私にアンナが何かを思いついたように口を開けた。
「ではお嬢様が悪役令嬢になればよろしいのでは?自分のシナリオに沿って自由に動くだけです。」
思わず口を開けたまましばらくあっけらかんとしてしまった私は我に返る。
「なんてこと…。アンナ貴女、なんてことを…。」
「最高のアドバイスだわ!!」
感極まって思わず立ち上がってしまう私。
簡単に思いつくものなのに、外交的ではない私の頭では思いつかなかった。
「あぁ…。こんな簡単なことなぜ思いつかなかったのでしょう…。私としたことが…。」
がっくりと肩を落とした私に、いつも見慣れているはずの笑顔にうっすらと曇った瞳をこちらに向けながらアンナが言う。
「私もご一緒いたします。きっと稀代の悪女になれますよ、お嬢様なら。」
……少しだけ私は恐怖を感じた。
アンナの笑顔に?
否、これから起こる波乱万丈な人生に抗えないと肌で感じたから…?
「…なってみせるわよ、稀代の悪女に。このスカーレットが……!」
私の名前はスカーレット・ヴァレンタイン。
―――これは稀代の悪女として世を恐怖に陥れる私の物語。




