中ボス鬼
……極東城へ侵入中。あとは祭壇をぶっ壊して、ゲームセットだ。
わたしたちは、迷路のように入り組んだ隠し通路を進んでいた。
ここは排水路を転用したルートらしく、空気はじめじめ、地面は苔でぬるついている。足音を立てないよう慎重に進むが、何度かすべりそうになる。
そして何より、真っ暗だ。ほとんど光がない。視界は最悪。
「セントリアさんの【暗視温泉】パワー、すごいですよぉ~」
エルメルマータの声が、前方からぼそっと漏れる。彼女の目が、薄明かりを宿していた。
それは、わたしがケミスト領に作った【暗視温泉】の効果。
薬草の成分を温泉に溶かしこむだけで、暗視目薬(高価な魔道具)の代用になる。目薬は高価だが、温泉ならいくらでも入れるし、持続時間も長い。
「便利ですぅ~。ほんと、謎知識と温泉だけで生きてますよねぇ~」
ペラペラとよくしゃべる。でも――今はそのほうが助かる。
この暗闇のなかで、沈黙は緊張を増幅させるだけだから。
エルは、それをわかっててしゃべってるのだ。
彼女の人柄を知ってるわたしには、ちゃんと伝わっている。
だから、あえて何も言わず――そして、彼女もまた、ピタリと口を閉じた。耳がぴくりと動く。
……気配を察知したようだ。
目で次の判断を促してくる。
「……ここを通る以外に道はないです」
「……なら、敵は排除ですぅ」
「貴女は隠れてて。わたしが行く」
「……ですぅ~」
エルはしぶしぶ頷くと、すっと気配を消した。
気配遮断スキルに加え、この闇だ。彼女の姿は完全に消える。
わたしはアイテムボックスから銃を取り出し、静かに前進する。敵影が見えるギリギリの距離で、ぴたりと足を止めた。
――鬼。
背丈はわたしと同じくらい。ツノは見えない。第三形態だ。
そして、目に理性の光がある。
(異能を二つ持っている。先制あるのみ)
銃口を向け、引き金を引いた。
ずがんっ!
弾丸が、脳天を貫いた――はずだった。
ちゅんっ!
直後、わたしの頬を何かがかすめ、薄く血がにじむ。
「ひょひょ……ネズミが一匹、入り込んできましたか……うひょひょ、女ァ……! 女じゃないですかァ~」
鬼がこちらに気づき、陽気に笑いながら、にじり寄ってくる。だが、攻撃してこない。
しかも――体に、傷ひとつない。
(ありえない。直撃させたはず。これは……)
わたしはもう一度、銃を連射。弾は確かに命中しているのに、すべてが無効化される。
「うひょひょ! 無駄ですよぉ~!」
はい確定。
一つ目の異能は、全反射。
物理・魔法を問わず、すべての外部攻撃を反射するスキルだ。
それでいて、回復能力も高い鬼となると……厄介極まりない。
と、そのとき――鬼の身体から、黄色い煙が立ち上る。鼻を突く金属臭。
「っ……か、体が……重……ッ……」
「ふふん、効いてきましたねぇ。しびれて動けないでしょぉ~?」
麻痺能力。煙を介した拡散型のようだ。
でも――
(……ぜんぜん効いてないけど)
聖女には【状態異常耐性】がある。特に麻痺、毒、精神系には強い。
そもそも、わたしは世界を救うための存在。そんなので倒されてたまるか。
とはいえ、敵はそれに気づいていない。悠々と近づいてくる。
そこが、隙。
わたしは簡易アイテムボックスから閃光手榴弾を取り出す。
カッ……!
「ぎゃぁあああああ! 目がァァアアアアア!」
叫び声。奴の両目を押さえる。
――その瞬間。
「がっ……!」
鬼が仰向けに倒れる。
両目に、魔法矢がドンピシャで刺さっていた。
「どんぴしゃですぅ~?」
闇の中からエルメルマータが現れる。
「殺した?」
「まさかぁ~。セントリアさんが殺さない相手なんて、えるが殺すわけないですぅ~」
さすが。
わたしの意図を、きっちり読んでくれている。偉い。
「じゃあ、ごほうびに偉い偉いしてくださいよぉ~」
「はいはい」
頭を撫でてやると、エルはふにゃあと笑う。
「な……なぜだぁ……目が弱点だと……なぜわかったぁ……?」
「まあ、なんとなく」
「なんとなくだとぉ~!?」
エルが肩をすくめる。
「センちゃん、自分でとどめさせる距離にいたのに、撃たなかった。それって、えるに任せたいってことじゃないですかぁ。
で、目に閃光効いてたし、光=視覚は通ってる。つまり、全反射の対象外」
だから、そこを狙った。それだけ。
「お見事ですぅ~」
「ナイス」
「いえーい♡」
鬼は、唇をわななかせながら、呻くように言った。
「……敵は、非力な女だと聞いていたのに……」
「その通りですよ」
わたし【が】非力な女であることには、間違いない。
ただし、【非力=無力】とは限らないのだ。




