城に潜入ミッション
爆撃などを駆使して、敵が攻めてきたことを鬼側に知らしめる。
ルシウムさまたち領民軍が、極東城の前で戦闘を開始していた。
「この混乱に乗じて、カチコミですぅ!?」
「まあ、そうです」
「っしゃー! 正面突破ですぅ!」
「待て」
大混乱中の正門前、エルメルマータが弓を構えて城へ突っ込もうとしたのを、わたしはその耳をひっつかんで止めた。
「あのねセンちゃん、エルフにとって耳は……その……」
「わかってます。性感帯なんでしょ?」
……という設定が、【びにちる】にあった。
「ちょ! えっちぃ!」
「正面から入るバカがどこにいますか。敵が待ち構えてるんですよ」
「ちょっと、えるの耳が性感帯ってこと知ってた件についてはスルーですかぁ!?」
ほんとに、残念エルフすぎる。
わたしは彼女を引きずるようにして正面玄関から離れた。
向かった先は、城壁と城壁のあいだに広がる広い堀。日本の城でいう「内堀」にあたる場所だ。
たたえたその堀は、まるで巨大な蛇のように城を一周しており、侵入者を拒む天然の防壁となっている。
「ここから裏ルートで城内に侵入します」
「裏ルート?」
「はい。この城には、王族が脱出するための隠し通路があるんです」
もちろん、【びにちる】のやりこみ勢であるわたしには、極東城の構造はすべて頭に入っている。
「排水路を利用した抜け道があります」
「にゃるほどぉ~。正面は危ないから、裏からこっそり入るってことですねぇ~?」
「そういうことです。行きますよ、ふぇる子……って、ふぇる子?」
ふと見ると、ふぇる子がぶるぶると震えていた。
「はーはん? まさかふぇる子さまってばぁ、泳げないのぉ~?」
この残念エルフは、なぜわざわざ虎の尾を踏みにいくのか。いや、フェンリルの尾か。
『そそそそそそそそ、そうよ……!』
あっさり認めた……意外だ。
『……子供の頃、溺れたことがあってね……』
なるほど、それで水が怖いと。トラウマか。
「じゃあ、どうするんですかぁ~?」
「ふぇる子は外で待っていてください。わたしとエルさんで先に入ります。そして、中で従魔召喚して呼び出せば大丈夫です」
「あ、なるほどぉ~。それならふぇる子さまが水に入らなくてもいいんですねぇ~」
ふぇる子が近づいてきて、鼻をこすりつけてきた。眉を八の字にして、ぺこりと頭を下げる。
足を引っ張ってしまってることを、謝ってるんだと思う。
この子、少し不遜なところはあるけど、根っからの悪い子ではないのだ。
「ふぇる子は外で暴れてください。必要になったら呼びますので」
数点の指示を与えて、わたしとエルメルマータは水堀の端へと移動する。
高くそびえる石垣の下、黒く深い水面にそっと身を沈め――静かに潜った。
「うん……? お魚さん? でも、なーんかおっきいような……」
水の中には、無数の巨大魚がゆったりと泳いでいた。
目がなく、ぬるりとしたアロワナのような体。全長はゆうに一メートルを超える。
「鬼化した魚妖です。魚のバケモノ。普通に人を食べます」
「こわ! え、え、えるたち死んじゃうじゃん……!」
「大丈夫。こいつらは鬼化の影響で視力が退化しています。ただし、血のにおいには異様に敏感です。なので、怪我は厳禁です」
「な、なるほどぉ~……うひぃい! こわいぃ~……」
わたしたちのすぐ横を、巨大魚妖たちが悠然と通り過ぎていく。
普段なら、泳ぐ水音や呼吸音ですぐに気づかれて襲われるところだ。
けれど、わたしはこの状況を知っていた。
【びにちる】では、ここで無音行動を取らないとゲームオーバーになる仕様なのだ。
水中での会話は最小限にとどめ、わたしたちは水堀の底を滑るように進む。
全身の感覚を研ぎ澄ませ、音を殺し、ただ静かに、ゆっくりと……。
……やがて、石垣の下、苔むした岩の隙間に、ぽっかりと口を開けた闇――それが、排水路の入り口だった。
中へと身体を滑り込ませ、水から顔を出す。
「生きた心地しなかったよぅ~……」
エルメルマータが、ぐったりとへたり込む。
わたしは彼女の手を取って、引き起こした。
「足を止めない。進みますよ」
「ふぁーい……で、これからどうするですぅ~?」
息を整えながら、暗い通路を進んでいく。
「この水路を抜けた先に、城の下層があります。目的地の祭壇までは、もうすぐです」
「おくちばーってんですぅ~」
彼女は、わたしがいろんな知識を持っていることについて、いちいちツッコんでこない。
だから、やりやすい……けど、その分、胸が痛んだ。
「どしたの~? センちゃん?」
ルシウムさまと同じくらい、この子は大事だ。
その子に、嘘をつき続けていることが、そろそろ限界だった。
ーーわたし、転生者なんです。
この知識は、前の世界の記憶によるものなんです。
言おうとして、でも、言えなかった。
口を開いたのに、声が出なかった。
わたしは、なんて……弱虫なんだろう。
この子を信じているつもりで、信じきれていない。
そのことが、自分でも情けなくなる。
「……ごめんなさい。先へ行きましょう」
すると、エルメルマータがニパ、と花が咲いたみたいに笑って、いきなりわたしに抱きついてきた。
「なんですか?」
「えるの柔らかおっぱい&ぽかぽか体温を……お届けですぅ~!」
「……なんだそりゃ」
この子は、多分、わたしの気持ちの揺れを察したんだ。
だから、なにかして励まそうとしてくれた。誰に言われたわけでもなく。
それはきっと……友情、なんだと思う。
……いい子だ。本当に。
「お、これですかぁ~? 入り口」
通路の脇にある鉄の扉を、エルメルマータが指差した。
「ダミーです。無視」
「だ、ダミー……?」
「ええ。この城には、こういうトラップがたくさんあります。開けると外に転移させられたり、爆発したりします」
「こわ……!」
ひぃぃ! と悲鳴をあげてエルメルマータが飛び退いた。
「なので、無闇に扉は開けないこと」
「ふぁーい……やっぱりセンちゃんは頼りになるなぁ~。うふふ~♡」




