同化した極東の先王を助ける
……無敵鬼を捕縛した。
二つの異能を持つ、かなりの強敵だった。
「さて……次です」
「ですですぅ」
「ケミスト領に一度戻りますよ」
「その前に……! 治癒でしょ、ちーゆ!」
「……治癒? エルさん、怪我でもしたんですか?」
「えるじゃあないですぅ! センちゃんですよぉ!」
「ああ、わたしのこと……」
正直、自分のことなんてどうでもよかった。
それより次を……。
と、動こうとするわたしを、エルメルマータがギュゥウウっと抱きしめる。
「なにするんですか……?」
「もっと自分を大事にしてっ! ですぅ!」
……すぐ目の前にある、エルメルマータの瞳には、怒りの炎が宿っていた。
声を張り上げ、本気で……わたしを叱ってくれた。
……それは理不尽に怒りをまき散らすのとはまったく違う。
本気の怒り。そう、本気でわたしを心配してくれている。
わたしのことを、大切に思ってくれている。……わかっていたつもりだった。
この人がわたしを、自分のことのように大事に思ってくれてるんだって。
それなのに……わたしは彼女の思いをわかっていながらも、心配させるような捨て身の策を選んでしまった。
「……ごめんなさい」
『……驚いたわ。セントリアが、まるで幼子のようだわ』
「幼子なんですよぅ、センちゃんは。実際に」
ぎゅうっ、とエルメルマータがわたしを強く……しかし優しく抱きしめる。
「わかってるですぅ。こうするほかに、最短で無敵鬼を倒すルートはなかったんでしょう?」
「ええ。……でも、あなたを心配させてしまいました。すみません」
「なははっ。反省すれば良いですよぉ! ま、と言っても結局また同じようなことするんでしょうけどぉ~……」
「時と場合によります」
「ほらねぇ~……」
でも……。
「次は、もっと頭を使います」
もう二度と、エルメルマータを悲しませたり、心配させたりしないように。
「それがいいですぅ~……♡ おーよしよし、痛かったねぇ~♡ 早く治癒しないと。それとも、えるのちゅーがいいですか、ちゅー♡」
「【治癒】」
「あーんいけずぅ~」
ややあって。
ふぇる子の背に乗って、結界の外へとやってきた。
「セントリア! どうしたのじゃ?」
白王女がこちらへと駆けつけてきた。
東都結界はまだ降りたまま、それで戻ってきたものだから、何かあったと思って心配してるのだろう。
……言うのを、ためらってしまう。
これから突きつける真実は、白王女にとっては酷なこと。
それでも嘘は言えない。優しい嘘は、かえって人を傷つけるから。
「攻略の途中で……異能者を喰った鬼を捕まえました。……白夜様を、喰らってました」
「!?」
案の定、白王女の顔から血の気が引く。
じわ……とその目に涙が貯まる。
自分の愛する祖父が死んで、悲しんでいるのだろう。
「だ、大丈夫ですよぉ! ほらほら、セントリアさんの温泉があればぁ! 死んだ人だって元に戻せるですぅ!」
「そ、そうか……! なら……」
すると麻痺状態の無敵鬼が、にやぁ……と邪悪に笑う。
「無駄無駄ぁ……! おまえの祖父は、このおれと完全に同化しちまってるのよぉ!」
「同化……」
「そうだ! おれと九頭竜白夜は完全に一緒になったってことだ! 蘇生術をかけようが無駄なんだよぉ!」
完全同一個体になって、生きてる以上、蘇生術が通用しない。
無敵鬼は、そう言いたいらしい。
「ひぐ……ぐす……うぇええええ……」
「ぎゃははは! 王女のくせに泣いてやがるぜ……ぶぼぉ!」
エルメルマータが魔法の矢を無敵鬼の口にぶっ放す。
「もががががぁ……!」
「……黙れですぅ。口に火矢突っ込んでやりましょうかぁ?」
「ぺっ! 突っ込んだ後に言うなや……!」
鬼の再生能力のおかげで、無敵鬼の傷は一瞬で治る。
「でも……セントリアさん」
一郎がわたしに尋ねてくる。
「一体この鬼を、どうするおつもりですか?」
「今から白夜様を元に戻します」
ぽかん……と無敵鬼と白王女が口を大きく開く。
わたしは白王女の涙を、指で拭う。
「わたしに任せてくださいまし」
「う、うん……でも、どうするのじゃ……? お爺さまは、もうこの鬼に取りこまれてしまったのだろう?」
「大丈夫です。ふぇる子、ケミスト領へ行きますよ」
わたしは転移の魔法陣を使って、ケミスト領、領主の古城へと戻ってきた。
「また温泉ですぅ~?」
「もちろん。わたしの必殺技です」
別に殺す訳じゃあないが、エルメルマータにならってあえてそういった。
「温泉がどうしたってんだ……!?」
「ふぇる子、そこの鬼を温泉にポイ捨てしてください」
ふぇる子はうなずくと、無敵鬼の首根っこをくわえて、ぽーいっと温泉に投げ入れる。
「げぼげぼ! なにしやがる……!」
そのときだった。
パァアアアアアアアアア! と無敵鬼の体が光り出したのだ。
「なんだ?! 一体何が起きてやがる……!」
無敵鬼の体が二つに分裂する。
そして……。
「お爺さまぁああああああああああああああああああ!」
湯船には、白髪の美しい中年男性が浮いていた。
あれが、九頭竜白夜さま。白王女の祖父である。
「ふぇええええ!? どうなってるんですかあ……!? 一体何を……はっ! ここって……まさか……若返りの温泉!?」
「そのとおりです。若返りの湯に、無敵鬼を突っ込みました。そして……白夜さまが同化する前まで、体を若返らせたのです」
結果、同化していた白夜様を、分離できたという次第だ。
「信じられん……」
呆然と、無敵鬼がつぶやく。
「喰らったら最後、相手は終わりで、絶対に分離不可能なはずなのに……なんなのだ、あの黒髪女……!? いや、どうでもいい。麻痺が治った! これなら反撃を……きょんっ!」
無敵鬼の額に、わたしの麻酔弾が炸裂。
やつのみぞおちには、エルメルマータの魔法矢が突き刺さり、そのまま湯船の外へとぶっ飛ばされていた。
「ナイス、コンビネーションです、エルさん」
「センちゃんならこうするかなーって思ってたんで」
麻痺って動けなくなってる無敵鬼を、わたしたちは見下ろす。
「残念だったな」
「相手が悪かったなぁですぅ!」
「く、くそぉ~……」
無敵鬼は情けない声でそういうと、涙を流すのだった。




