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信頼の勝利



 ……鬼はわたしを見て、恭しく頭を下げる。


「初めまして、お嬢さん。名乗りが遅れたな。おれは《無敵鬼むてき》。いい名前だろ?」


「……そう。む、無敵なんて、自分で言っちゃうなんてね。滑稽だわ……」


 わたしは、何度も背後を振り返り、わざとらしく体を震わせる。――誰が見てもわかるほど、大げさに。


 無敵鬼はにぃっと、邪悪な笑みを浮かべた。


「あはは、君、可愛いね。実になぶり甲斐がありそうだ。おれはね、弱いものが……大好きなんだ」


「最低ね!」


 わたしは銃を構え、無敵鬼に向けて引き金を引いた。


 だが銃弾は、狙い通り――わざと外れた。


「おいおい、どこを撃ってるんだい? ここだよ、ここ」


 気づけば無敵鬼が目の前に。わたしの手を取り、銃口を自らの額へと導く。


「さあ、撃ってごらん? おっぱいエルフちゃんに会えるかもよ?」


「う、うわあああああああああああああああっ!」


 わたしは絶叫し、何度も引き金を引いた。だが当たらない。ゼロ距離にも関わらず、すべて外れる。


「あははっ! ざんねーん! どうして当たらないのかなぁ?」


 相手は未来視で、発射のタイミングを完全に読んでいる。

 加速と身体能力も合わされば、たとえゼロ距離でも、回避は容易い。


 わたしは冷静に分析しつつも――叫ぶ。


「うわあああああああああああ!」


 弾が切れるまで引き金を引き続ける。


「くそっ、くそおっ!」


 新しい銃を、胸元のアイテムボックスから取り出そうとした、そのとき――


「おっとぉ?」


 無敵鬼が、アイテムボックスをひょいと奪い取った。


「これ、捜し物かな?」


「か、返して……返してよぉおおおおおお!」


 震えながら、演じる。武器を失った、ただの無力な少女を。


「その悲鳴……たまんないね♡」


 やつはアイテムボックスから迷いなく銃を取り出し、当然のように急所を外す。

 右肩に着弾し、激痛が走る。


「あっ……!」


 だくだくと流れる血。わたしは治癒スキルを使おうとする。


「血が……は、早く止めないと……!」


 ――だが、発動しない。


「なんで……!?」


「そんな動揺してちゃ、異能は使えないよ?」


 異能。なるほど、元・極東人らしい言い方。


「異能は心の力。心が乱れてたら、発動しないのさ!」


 次は、肩を押さえる手に向かって銃弾を撃ち込まれ――わたしは、演じきる。


「いぎゃぁあああああああああああ!」


 その場に崩れ落ち、全力で泣き叫ぶ。


「助けてええええええええ! ふぇる子ぉおおおお! エルぅうううううう!」


 まさに哀れな女。


「あははは! いいねいいねぇ。格好つけてしんがり務めたくせに、怖くなって助けを求めるなんて!」


 ――その瞬間。


 バシュッ!


「な゛っ……!?」


「怖くなって、助けを求めたと思った?」


 無敵鬼が崩れ落ち、びくんびくんと痙攣を始める。


 わたしは、すっと立ち上がる。


「からだが……動か、ない……! な、なぜ……どこから……っ」


「答えるわけないでしょ」


 何発も、麻酔弾を撃ち込む。


 やがて、無敵鬼は完全に沈黙した。


「セントリアさああああああん!」


 エルメルマータが飛び込んできて、わたしに抱きつく。


 わたしも彼女を抱きしめ返す。その震えが、手の力が、彼女の強い思いを伝えてきて――心の中で、そっと謝った。心配をかけて、ごめん、と。


「おとり作戦、大成功ですね!」


「おとり……まさか……演技……?」


 地面に這いつくばったままの無敵鬼が、わずかに声を漏らす。


「そーですよ! セントリアさんが囮になってる間に、えるが視界の外から狙撃する作戦ですぅ!」


「そ、そんな……すべて演技だったのか……!」


「当然です! セントリアさんは、だれより勇気ある女性なんですから!」


「……ほんと、過大評価なんだから」


 無敵鬼が、痙攣しながらもつぶやく。


「黒髪女が、わざと気を引いて……エルフが、死角からの狙撃……未来視を逆手に……」


「未来視って、見えてる範囲だけなんでしょ? なら見えないところから撃てばいいって話!」


「そんな連携……いつの間に……?」


「作戦会議なんて、してませんよぉ」


「なに……っ!?」


「セントリアさんが意味もなく残るはずないって、えるは思っただけですぅ」


 ――わたしのサインを、彼女は見逃さなかった。

 一度結界の外に出て、わたしの叫び声を頼りに位置を特定。

 あとは死角から狙撃するだけ。


 わたしは、彼女ならできると信じていた。

 彼女もまた、わたしの意図を信じてくれた。


「お前の敗因は……ただ一つ!」


「えるを怒らせたからだあああああ!」


 いや、そこは“信頼を侮ったから”でしょ……


「よくもぉ! センちゃを、いじめてくれたなああああああ!」


 ……でも、わたしは止めなかった。彼女が本気で怒ってくれたのが、嬉しかったから。

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