新たな鬼との勝負
……第三形態の鬼。警戒すべき相手だ。
エルメルマータが素早く反応する。
瞬時に矢をつがえ、眼球と心臓を狙って放つ。
ぱしぃいっ!
「な、なに!? 矢を……掴んだですぅう!?」
鬼の両手に、エルメルマータの矢が握られていた。
ふふん、と鬼は微笑んでいる。
「出会い頭に矢を撃ち込むとは、ずいぶんとやんちゃな子だね」
「うう~……。セントリアさん、こいつ何なんですぅ!?」
「第三形態の鬼です。こいつは、異能を二つ持っている」
「ふたつぅ!?」
第三形態――それは、ツノも爪もない。
代わりに理性を持ち、そして……複数の異能を使う存在。
本来、異能は一人ひとつきり。
だがこの鬼は、例外だ。
「セントリアさんの知識で、能力の正体ってわかるんですぅ?」
……こちらの攻撃を、完全に予測していた。
それも即時対応できる形で。
思いあたる異能は、ひとつしかない。
「…………」
……わかってしまう。だからこそ、言いたくない。
『何ちんたらやってんのよ!?』
ふぇる子が叫ぶと、口を大きく開き、冷気を吐き出す。
絶対零度のブレスが鬼を襲う――が。
「おお、こわいこわい」
『ちょ、頭の上ってなによあんた!?』
――鬼は、ふぇる子の真上で笑っていた。
「……見えなかったですぅ~……」
「こいつの一つ目の異能は、“加速”です。
身体の動きを、異常なまでに速める力」
「じゃ、もう一個はぁ?」
「…………未来視です」
鬼が目を細めた。
「……へえ、よくわかったね」
「ええ、当然です。どれだけこのゲームをやり込んだと思ってるんです?」
異能の一覧は、極東エリアだけでも数百種類。
だがこの挙動は、その中でも明確だ。
“未来視”。
相手の行動を、未来の映像で見てから動ける能力。
「あれ? 未来視って……最近どっかで聞いたような……。あ! 白王女の……おじいちゃん?」
「そのとおり。
食ったのさ、未来視の異能を持っていた――九頭竜白夜氏をね」
「……!」
「第三形態は、強い異能者を喰らい、吸収した結果の姿です。
ツノの代わりに、理性と強力な異能を持つようになる……」
「じゃ、じゃあ……白王女さまのおじいちゃん……殺されたってことぉ……?」
「……そういうことです」
にこり、と鬼は笑った。
……殺しておいて、笑える神経。
今日会ったばかりの王女でも、その身内が殺されたと聞いて、何も思わないはずがない。
ぎゅ、とわたしは銃を握り直した。
……冷静になれ。
「白王女さまの……敵ぃ……!」
義憤に駆られたエルメルマータが、弓を構える。
だがその背後に、鬼の気配が現れる。
「ははは、怒った顔も綺麗だねぇ、お嬢さん」
「ええ!? うしろに……!?」
――未来を見て、加速して、回避して、背後を取る。
『なによこれ……無敵じゃないの……!?』
「ぐす……白王女さまのおじいちゃんがぁ~……ぐすぅ……」
戦意の喪失。仲間の死。敵の圧倒的性能。
通常なら、ここで崩れて終わる。
だからこそ、わたしが冷静でいなくてはならない。
……この場を、まとめる者として。
…………よし、信じよう。
「エルさん、ふぇる子……もう駄目です。おしまいです」
「ふぇっ!? な、なに言ってるんですか!? 諦めるんですか!?」
「はい。だから……貴女たちだけでも逃げてください」
エルメルマータが怪訝な顔をする。
けれど、すぐに何かに気づいたように、目を大きく見開いた。
「そんな! えるも戦います!」
「駄目です。無駄な犠牲は出したくない。逃げてください」
「でも……!」
「逃げろ! わたしには勝てない。時間を稼ぐから……頼む」
じっとわたしの目を見ていたエルメルマータ。
その瞳に、わたしの意図が届いたと感じた。
『ちょ、セントリア!? あんたらしくないわよ!?』
「ふぇる子さま! 逃げましょう!」
『はぁ!? 嫌に決まってるでしょ!?』
「セントリアさんの思いを、無駄にしないでください!」
『いやっ!』
わたしは右手を掲げて、命じた。
「――ふぇる子に命ずる。主命により、即時退避せよ」
『なっ……!? 従魔契約の強制命令……!?』
契約者の命令には、逆らえない。
ふぇる子は、強制的にエルメルマータを乗せ、空へ飛び立つ。
「セーンちゃあああああああん!!」
――それでいい。
「仲間が逃げるのを、ちゃんと見送ってあげる。僕、優しいでしょう?」
「……腐ってるな。
どうせ逃げた先には、お前の仲間がいるんでしょ? 希望を持たせて潰すつもり」
「大正解♡ よくわかったねぇ」
……わかるさ。お前の、そのドブみたいな目を見れば。
一方で――。
エルメルマータの瞳は澄んでいた。
あの目で、きっと気づいたはずだ。
わたしが“諦めたフリ”をしていることに。
「じゃ、始めよっか。勝負♡」
「……違う。これは勝負じゃない」
「へえ? じゃなに?」
「おまえを、“倒す”作業。それだけだよ」




