第三の鬼
東都攻略が始まった。鬼祭りは、何としてでも阻止しなければならない。
この儀式には、大量の鬼の邪気が必要だ。だからこそ、まずはその発生源である鬼たちを捕縛し、別の場所へ移送する。
東都は、現実で言えば東京23区に相当する地理構成をしている。
わたしたちは大田区から侵入し、順に区をまわりながら鬼を捕らえていく。
わたしの結界術。ふぇる子の脚。エルメルマータの弓の腕。
これらが合わさることで、東都からは驚異的な速さで鬼が消えていった。
「センちゃん、すごいですぅ~」
ふぇる子の背中から、危うく転げ落ちそうになる。
「あわわ、大丈夫ですぅ? センちゃん」
「……その、なんだ」
「なんだって?」
「いや……それ。センちゃんって、何?」
「ふぇ? セントリアさんのことですがぁ?」
ああ、まあ、そりゃそうか。それはわかる。
「なんで急にあだ名で?」
「ふぇ? 別に、深い意味はないですよ?」
……そう。意味はないのか。なら、別にいいんだけど。
――あだ名をつけるというのは、つまり、そういうことだ。
……たしかに、わたしはこの子に対して、ルシウムさまほどではないにしろ、特別な想いを抱いている。
彼女もまた、あだ名で呼ぶくらいには、わたしのことを“特別”と思ってくれているのかもしれない。
それが、なんだか……嬉しくて。思わず、口元が緩みそうになる。
「なんで顔、隠すんですかぁ~?」
……残念エルフが、ニマニマしながらこっちを覗いてきた。こいつ……。
「わかって言ってますよね?」
「え~? えるぅ、胸に栄養全部吸われて頭スカスカのバカだからぁ、わっかりませ~ん?」
この……! 絶対わかってて言ってる……!
「ごめんてぇ~。怒っちゃやーよ?」
「怒ってません」
「ほんとは怒ってるでしょ?」
「はい。残念エルフのくせに、生意気なので」
「やっぱりぃ~♡」
ともすれば悪口に聞こえかねないセリフも、彼女は笑って受け流してくれた。
わたしの意図を、説明せずとも察してくれる。
……ああもう、なんでこの子に、ルシウムさまと話すときと同じ“あたたかさ”を感じてしまうんだろう。
『こんなヤバい状況でも、ちゃんと手を動かすんだから、さすがあたしのセントリアね。でも! いちゃつきすぎよ! セントリアはあたしのなんだからね!』
がーっとふぇる子が通信越しに吠えてくる。
「べ、別にいちゃついてなんか……!」
な、なんだいちゃつくって。意味がわからない。
こっちは真剣に仕事をしているというのに、ふざけたことを言ってくれる。
「いいじゃないですかぁ~。この調子なら、余裕で儀式、潰せそうですしぃ~」
「アホですね、さすが残念エルフ」
「ふぇ? どういうことぉ?」
エルメルマータが矢文形式で、捕らえた鬼たちを詰めた結界を白王女のもとへ射出する。
その顔には、もはや勝利を確信した余裕がにじんでいた。
――けれど、わたしはそう思っていない。
「ここまで派手に動いてます。当然、敵も儀式を守ろうと動きます」
わたしは簡易アイテムボックスから、ライフル銃を取り出す。
『来るわ、二時の方向!』
耳のいいふぇる子が、真っ先に異変に気づく。
わたしはその方角に銃口を向け、錬成した弾丸を撃ち放った。
ズガンッ……!
ガキィンッ!
銃声と、弾かれる金属音が、ほぼ同時に響く。
「おやおや、これはこれは。なんとまあ、可愛らしい侵入者だ」
わたしたちはビルの屋上にいる。
そいつは……空中に立っていた。
「人間……ですぅ?」
角も爪もなく、瞳にははっきりと理性の光がある。どう見ても“鬼”には見えない。
だが、わたしにはわかる。【びにちる】をやり込んでいたからこそ、知っている。
「いえ。第三形態の鬼です。ツノ鬼が進化した……通常の鬼より、はるかに厄介な相手です」




