エルメルマータ、従魔となる
東都の結界の中に侵入する。
領域結界は外から容易に入れる構造になっており、わたしでなくとも中に入ることはできる。
だが、毒に対する耐性がなければ、鬼の血をもとに作られたこの毒ガスの中では活動できない。
「えるたち、お留守番ですかぁ~?」
「そうなりますね」
「いやん」
いやんて……。
「えるは心配ですよぉう。セントリアさん一人にできないですぅ」
「心配ご無用。助っ人を呼びますので」
「助っ人ぉ? あの馬鹿ですかぁ?」
馬鹿、つまりコビゥルのことだろう。
「いえ、その馬鹿ではありません」
「そっかぁ。毒耐性がないんでしたっけぇ?」
「そういうことです。……では、召喚」
わたしは従魔召喚を行う。
契約済みの従魔は、好きなときに呼び出すことができる。
現れたのは、もふもふの巨体を持つ、白く美しい獣。
『呼ばれたから来てあげたわ……! 感謝しなさい!』
「ふぇえ……? フェンリルのふぇる子さまですぅ~」
ふぇる子がフフン、と鼻を鳴らして得意げに尻尾を振る。
『このあたしがわざわざ来てあげたんだからね? 感謝してよね!』
「はい、とても感謝していますよ」
わたしが毛皮を撫でると、彼女の青い瞳が細まり、嬉しそうに尻尾を振った。
「ふぇええ~? ふぇる子さま、どうして中でも平気そうなんですかぁ? 神獣だからですぅ?」
「いえ。神獣でも耐性スキルがなければ、毒に当たって鬼になりますよ」
「ほえー? じゃあなんでふぇる子さまは大丈夫なんですかぁ?」
「それは、彼女がわたしの従魔だからです。
従魔として契約すると、主であるわたしの一部スキルを共有できるのです」
聖女の加護に含まれる耐性スキルが、ふぇる子にも伝わっている。だから彼女は鬼にならずに済むのだ。
「はえー……。んぅ? てことはぁ、セントリアさんと従魔契約を結べばぁ? だれでも耐性スキルを得られるってことぉ?」
「まあ、そうなりますね」
エルメルマータの耳が、ぴんっ、と立つ。
「じゃあ、える、セントリアさんの従魔になるですぅ~」
「……………………は?」
一体、この娘は何を言い出したのだろう。
「できないんですかぁ?」
「……理論上は可能です」
【びにちる】でも、亜人を従魔にしているキャラクターはいた。
システム的には成立するはずだ。
「あなた、自分で何を言ってるか分かってるんですか?
従魔契約ですよ? 主従契約、つまり、主に絶対服従。奴隷契約と同義ですよ?」
それをこの子は自ら望んでいる。
正気の沙汰とは思えない。
「なぜ契約を……?」
「え? そりゃセントリアさんが心配だからですぅ」
「……………………」
エルメルマータの目は、まっすぐわたしを見据えていた。
とても冗談とは思えない。……本気?
まさか、本気で従魔になろうとしてるの?
わたしのために?
……心配だからって?
そこまでして?
「どうして……」
「中って、やばいんでしょ? ふぇる子さまがいても百人力だけどぉ、それでもやっぱり、一人くらいは貴女を守る人がいた方がいいと思ったのぉ」
……この子は、わたしのことを本気で心配してくれている。
夫でも、家族でもないこの子が。
それなのに――。
……こんなに強く、大切に想ってくれている。
「それにえる、いつもセントリアさんの命令に振り回されてますしぃ? だから別に、従魔になっても今と変わらないですよぅ~」
わたしは、いつの間にか結界から出ていた。
そして……ぽすん、と彼女を正面から抱きしめた。
「あわわ、どうしたんですぅ?」
「……なんでもないです」
まさか、この残念エルフに愛おしさを覚える日がくるとは……。
だが、それを言葉にするのは、少しだけ恥ずかしかった。
「そっかぁ」
「ええ」
「えるを、従魔にしてくれますぅ?」
「……いいですよ」
「やったぁ~。じゃあ」
エルメルマータが、うぉほんと咳払いをして、祝詞を唱える。
「我が指先は、そなたの魔弾。
我が身は、そなたの代わりに敵を討つ。
我が知恵は、そなたの標べとならんことを欲する。
片時も離れず、そなたに尽くすと誓う」
そして、わたしの手の甲にそっと口づけをした。
わたしたちの間に、まばゆい光が走る。
「これで、えるも聖女の加護を受けたんですぅ?」
「ええ、大丈夫ですよ」
エルメルマータが、そろりと結界内に足を踏み入れる。
「おお、鬼にならないですぅ~」
彼女は笑顔でわたしを見上げた。
「これでセントリアさんを守れるですぅ~♡」
……最初、この残念エルフに、こんな愛おしさを覚えるようになるとは思わなかった。
けれど、今ははっきりと言える。
この子を、絶対に失いたくない。
「本音を言えばここに残って、白王女たちを守って欲しかったんですけどね」
「あう……ごめんですぅ」
「まあ、一郎や二葉もいますしね。
それに、原因をさっさと潰すのが先です。だから……力を貸して、エル」
エルメルマータはにかっと笑い、どんっと胸を叩く。
その大きな胸が、ぷるんと揺れた。




