聖女交代
馬鹿の始末はテンラクに任せて、わたしは予定どおり東都の攻略に戻った。
「はあ~……あの馬鹿聖女のせいで、時間ムダにしちゃいましたですぅ~」
東都結界の前には、わたしとエルメルマータ、一条兄妹、それに白王女と百目鬼がそろっていた。
ここまでの経緯を簡単に振り返っておこう。
まず、ケミスト領の温泉で負傷者の治療と、カスクソーの鬼化解除を実施。
コビゥル一行は土地転移で、ゲータ・ニィガ王国の王都へと送り届けた。
その後、わたしたちは極東ヒノコクへと向かった――というわけだ。
「える、あの人の言ってること、さっっぱり理解できなかったですぅ。同じ人間とは思えないですぅ~」
「……本当に、そうですね」
わたしがしみじみと同意すると、エルメルマータは目を丸くしてわたしの顔をのぞきこんできた。
「おりょりょ? 共感してくれるとは思わなかったですぅ~」
冗談だったのか。そういうところは予想外だ。
「あの人の言葉も、思考も、理解できません」
あいつは、連れていかれるそのときまで、ここを“作り物”の世界だと思っていた。エルメルマータたちを“キャラクター”としか見ていなかったのだ。
わたしは何度も忠告した。それでも態度を改めなかった。ならもう、どうなろうが知ったことではない。
……それに、あいつのせいで、とんだ“おみやげ”まで背負い込むことになってしまった。
「……聖女の加護、ね」
そう。あの馬鹿聖女が持っていた“加護”が、今はわたしの中に宿ってしまっている。
土地神の加護だけでも十分すぎるのに、その上さらに“聖女”の力まで加わった。
本来なら、誇るべき強化だったはずだ。ルシウム様、そして彼が大切にしている領地を守るためには、ありがたい力。
だが――それによって、わたしは“国選聖女”として働く義務を課されてしまった。
……嫌だ。
わたしはルシウム様のために力を使うのは構わないが、あの国の連中にまで尽くすつもりなど毛頭ない。
それどころか、“聖女のおつとめ”のせいで、ルシウム様と一緒に過ごす時間が減るかもしれないのだ。
「ぬふふぅ~♡ 今ぁ~ルシウムさんのこと考えてたっしょぉ~?」
このエルフは、こういうときばかり勘が鋭い。わたしはそっぽを向く。
「さて、と」
「あーっ、照れてるぅ~。かわいーいっ」
からかうエルメルマータにため息をつきつつも、今はそれどころではない。
今の最優先事項は――極東の危機だ。
現在、ヒノコクでは“鬼祭り”と呼ばれる大規模な呪術儀式が進行中。
複数の結界を利用して鬼神を生み出そうとしているのだ。
わたしはすでに東都以外の結界を破壊し終えている。残すは、ここ――東都のみ。
「でもぉ、これってマジでやばそうですよぉう~」
他の結界と違い、東都の結界内部はどす黒い色に染まり、明らかに有害な気配が充満している。
エルメルマータも一条兄妹も、わたしに視線を送りながら、結界から距離を取っている。
「これって、一郎君の異能殺しで結界をぶち壊す感じですぅ~?」
「それはだめです。中の毒ガスが外に漏れてしまう」
「あのガスって……なんなんですかぁ?」
コビゥルは知らなかったようだが、原作をやり込んでいたわたしは知っている。
「あれは、鬼の血液に含まれる成分を精製して作られた毒ガス兵器。直接吸い込んだり肌に触れたりすれば、人は鬼へと変化してしまう」
「ふぁっ!? ガチでヤバいやつじゃないですかぁあ!」
その通り。
つまり、今この中にいる東都の住民たちは、すでに鬼になっている可能性が高い。
かといって助けに入れば自分たちも鬼にされる。かといって壊せば毒ガスが外に広がってしまう。
「お手上げですねぇ~」
万歳ポーズのエルメルマータ。普通ならその通り、お手上げ状態だ。
だが、わたしはちがう。
「まさか、また温泉パワー使うとか言い出すんですかぁ?」
「違います」
わたしは静かに結界へ向かって歩き出す。
「ふぇえ!? だめぇ~!」
エルメルマータが必死でタックルしてくるが、すっと身をかわす。
「ぎゃふぅんっ……」
泥だらけになった彼女の顔を、わたしはそっとハンカチで拭ってやる。
たぶん、彼女はわたしが毒にやられないよう、止めようとしてくれたのだろう。
……ありがたい。領民に好かれるのは、悪い気分じゃない。
「どうして中に入るんですぅ……?」
「今のわたしなら、大丈夫だから」
「今の……?」
わたしはうなずいて、結界の中へと足を踏み入れる。毒ガスが肌をかすめるが――何も起きない。
「姉様、お、お鬼になってない!?」
「すごい……いったい、どうして?」
一条兄妹が驚きの声を上げる。
「下がってなさい。あなたたちでは、毒ガスにやられてしまう」
「え……じゃあ、どうして姉様は……」
「聖女には、状態異常に対する高い耐性があるのです」
「ああっ、そういえば~。えるが麻酔矢で撃ったとき、あの馬鹿聖女、まったく痺れてなかったですぅ~」
「つまり、そういうことだ」
「おおーっ! セントリア、すごいのぅ! 毒が効かないとは……まさに聖女じゃ!」
白王女は目をきらきらさせてわたしを見上げている。
「えるめるお口チャック!」
エルメルマータは百目鬼の口を手でふさぎながら言った。
「えるもいっぱいつっこみたいけど、今はがまんするのでぇ、皆さんもセントリアさんにはつっこまないでくださいですぅ~!」
……この子なりに、場を円滑に進めようとしてくれているらしい。
お馬鹿だけれど、本当に良い子だ。
「姉様、今笑ってらっしゃいます……! 素敵です!」
「ありがとう、二葉ちゃん。――さて」
では、本格的に東都攻略を始めよう。
せっかく得た“道具《聖女の力》”、有効に使わせてもらうとしよう。




