バカ【元】聖女、過ちに気づくももう遅い
……そうだ。
あたし、テンラクを自分のものにするために、《魅了》の魔道具を使ったんだった……。
「み、魅了だって!? 証拠なんてあるのかよ!? あたしがやったっていう証拠が!」
「下品な言葉遣いだな。まったく、聖女とは程遠い」
……なにそれ。
完全に、主人公を侮辱してる。
それ、乙女ゲームの彼氏キャラが一番言っちゃいけないセリフでしょ!?
いや、待って――まさか、本当に魅了が解けてるの……?
そんなはず、あるわけない……!
「証拠ならある。セントリアから、正式に報告を受けている」
「またあの女ぁ……!」
あたしは鉄格子にしがみつき、怒りで歯を食いしばる。
またセントリア……あの、悪役のくせに!
なんであんなバグ女が始末されないの!?
運営なにやってんのよ!
「セントリアの言葉を、鵜呑みにしたってわけ? あたしが魅了をかけてたって? 信じてるの!? バッカじゃないの!? あたしはちゃんと“役割”をこなしてただけよ! 主人公として!」
「……その“役割”とやらの正体が、おまえの妄想でなければな」
テンラクは、冷たい目であたしを見下ろす。
「おまえには、もはや聖女の加護はない。完全に失われている。今、加護を持つ者は――セントリア・ドロ嬢だ」
「……………………は?」
なにそれ。
え? 加護が……消失?
ゲームにそんな仕様、なかったんですけど……?
「わかりやすく言ってやろう。今の貴様は、“聖女を虐げた悪女”だ」
ぽかんと口を開けたまま、あたしは言葉を失った。
違う。あたしは、聖女なのに。
主人公なのに。
いつのまに、セントリアと立場が……逆転してるの……?
「真の聖女を貶め、婚約を破棄させ、年老いた男に売り渡した。悪意ある行動と見なすに足る」
そ、そんな……。
セントリアが……聖女……?
あたしが……悪役、だって……?
あたしは、へたり込んだ。
この鉄格子、見張りの無表情。テンラクの冷淡な瞳。すべてが語っていた。
――これは、ゲームじゃない。
「あ、あたしが……間違ってたの……?」
“主人公は何をしても正義”。
あたしは、そう信じて疑わなかった。
でも、それはゲームの中だけ。
ここは違った。現実だった。
「おまえの罪は、詐欺罪、傷害罪、そして不敬罪だ」
テンラクが冷たく告げた。
「腐っても元聖女だ。だから、終身刑で許してやる」
「………………ここで、一生……?」
「そうだ。死ぬまで、そこにいろ」
テンラクはそれ以上、何も言わずに背を向けた。
――呼び止める声が、出なかった。
体が、声を拒絶した。
あたしは、その場でうずくまり、小便を漏らしていた。
みじめだった。主人公なのに、こんなザマ。
助けなんか、どこにもない。
「これ……ほんとに……終わったの……?」
もう、聖女じゃない。
もう、主人公じゃない。
「戻してよ……あたしを、元に戻してよぉ……っ!」
あたしは叫んだ。誰に届くとも知らず、ひたすらに懇願した。
「ねえ……神様……王子様でもいい……誰でもいいから……たすけてよぉ……」




