バカ聖女、牢屋にぶち込まれる
……あたしは目を覚ました。ここは、薄暗い部屋の中だった。
「ここは……いったい……? あたしは……確か……」
そう、あたしは極東へ行って、カスクソーが暴走して……。そこに、主人公面したクソセントリアが現れて――
テンラクを、あのセントリアが……謎の力で助けて……。
「!?」
あたしはがばっと跳ね起き、部屋を見渡す。鏡、鏡はどこ!?
あたし……たしか、顔が変わってたんだわ!
嘘よね!? そんなはず、あるわけないじゃない!
慌てて部屋の鏡を覗き込む。
「いや……」
そこに映っていたのは、前世の、イケてなかったころのあたしだった。
あたしは、いわゆる引きこもりのニートだった。世間が勝手にそう言ってただけで、本人のあたしは「選ばれる女」になるために自分磨きに励んでたのよ。将来は金持ちと結婚して、家を守る側になるつもりだった。働く? 笑わせないで。男が稼いで、女は愛される。そういう時代でしょ?
ババア(母親)はずっと働け働けってうるさかったけど、あたしは正しい道を歩んでたわ。家事も育児もせずに家にいただけの女に、なに偉そうに言われなきゃいけないのよ。
でも、見てなさいって思ってた。あたしには運命が用意されてたの。【びにちる】の世界――乙女ゲームの主人公に転生っていう最高のチャンス! 努力じゃなくて“選ばれる価値”を持ったあたしが、格好いい王子様に見初められて、あたしをバカにした全員にザマァできる人生を手に入れたはずなのに!
「どうして……どうしてこうなるのよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
鏡の中で叫ぶのは、主人公コビゥルじゃなくて、前世の……××××(名前伏せ)。
ダメ。こんなのダメよ。このままじゃいけない。早く、早く主人公に戻らなきゃ!
でも、どうすればいいの!?
わからないわ! 誰かに聞かないと……助けてもらわないと……!
とにかく、こんな汚い部屋から出よう。
ドア……ある。よかった……って、
「鍵、かかってるじゃない……!」
なんで!? あたしが閉じ込められる理由なんて、どこにもないじゃないのよ!
しかもよく見れば壁には、鉄格子がはめられてるじゃないの。え、なにこれ……?
あたしの知識に照らすと、これって……。
「牢屋……? いや、違うわよね。そんな……まさか、あたしが牢屋に入れられるなんて……」
そんなバカな。あり得ない。だってあたしは主人公よ?
ここは……その、異世界的な特別室ってやつよ。地下治療室とか、そっち系の……!
「ちょっと! ちょっとぉおお! 出して! ここから出しなさいよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
あたしは叫ぶ。とにかく、ここから出たかった。こんな場所、耐えられない!
「誰か来なさいよ! 主人公様が困ってんのよ!? 早く! 誰かぁあああああああああああ!」
すると……。
「あんだよ、うるせえな……」
現れたのは、ゲータ・ニィガ王国の騎士。胸元には見慣れたマーク。
「あんた! 雑魚介! あたしを今すぐここから出しなさい!」
「は? 無理に決まってるだろ。何言ってんの、あんた」
――無理?
ば、ば、馬鹿ぁ……!?
「ちょっと!? 誰に口聞いてると思ってんの!? あたしは聖女よ! テンラク王太子の婚約者! 未来の王妃さまなんだからね!? そんな口のきき方して、首になりたくないならさっさと土下座して謝って、ここから出しなさいよ!」
騎士はぽかんとしたあと……ぷっ、と吹き出した。
「ぎゃはははは! 何勘違いしてんの、あんた」
「か、勘違い……?」
馬鹿にされた。でも……怒る気になれなかった。
すごく……嫌な予感がしたから。
「あんた、とっくに国選聖女の称号は剥奪されてるよ」
「…………………………は?」
国選聖女――それはただの“聖女の加護持ち”じゃない。国に選ばれ、認められた、特別な存在。
その称号を、剥奪された……?
「ど、どういうこと……?」
「おまえ、もう王太子の婚約者じゃないよ。あと、今はただの犯罪者な」
「……………………………………は?」
――はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?
「なによそれ!? 犯罪者!? このコビゥルさまが!? はあ!? あたしが何したってのよ!? あたしはちゃんと役割どおりにやってただけでしょ!!」
そのとき――。
「口を慎め、犯罪者」
「!? て、テンラク……!」
テンラクが、牢の前へと歩いてきた。騎士が下がり、彼が前へ出る。
……その目が、冷たい。あたしを見る、その目が。
「は、犯罪って……あたし、ちゃんと主人公してたでしょ? 何がいけないってのよ……?」
ちゃんとゲームの筋書き通りにやってたじゃないの!
なんでそれで犯罪者扱いされなきゃいけないのよ!
「あたしは潔白よ! だって、あたしはゲームに与えられた役割を、こなしてただけ!」
「――おまえは、僕に魅了の魔法をかけ、精神を操っていた」
「…………………………………………あ」




