バカ聖女、加護を剥奪される
コビゥルのアホが、またなんか言ってる。
「わ、馬鹿聖女ですぅ~。どうやって来たんですぅ?」
呆れ顔のエルメルマータが、ストレートに言い放った。まあ、事実だから仕方ない。
「その陣を通って来たのよ……っていうか! 馬鹿聖女ってなによ!? 誰よ、それ!?」
「ふぇ? 他にいないですよねぇ?」
「きーっ! ヒーローのくせに! 主人公様に逆らうなんて、許されないんだから!」
「ヒーローって……える、女の子ですし。ばるんばるんですし」
「あたしのエルメルマータは男で、イケメンで、こんなアホみたいな喋り方しないのよ!」
「わっはっは~。お前が言うなですぅ~」
……遊んでる暇はないので、わたしはすぐに転移陣を使って東都に戻ろうとした。
「待ちなさぁい!」
コビゥルが前に出てきて、通せんぼしてくる。……イラッとする。こいつ、本気で状況を理解してないのか?
「あ、あんた……なんなのよ。何者なのよ、いったい!?」
……その反応、やっと転生者だってことに気づいたか?
「この世界はゲームで、あんたはただのキャラなのよ!? なのに、どうして主人公様より目立ってるのよ!」
……撤回。まったく気づいてない。ここまで馬鹿だと、逆に感心する。
自分が転生者なら、相手もそうかもって想像できないんだろうな。
まあ、訂正するのもめんどうだ。
「くらえ、麻酔矢」
「ぎゃ……!」
エルメルマータが、コビゥルの尻に矢を撃ち込んだ。ナイス。でも……。
「なにすんのよ!?」
「はえ? 麻酔矢、効いてないですぅ?」
当然だ。エルメルマータは知らない。
「聖女の加護には、耐性スキルがある。麻酔矢じゃ眠らない」
「あ、なるほどぉ。腐っても、聖女の加護持ちってわけですねぇ」
コビゥルが、ぎろっとわたしをにらむ。
「そうよ、あたしが聖女なの。奇跡で、あのモブどもを蘇生させようと思ってたのよ!? それを……横取りして!」
モブ、ね。テンラクたちのことか。でも――。
「モブって言うな」
「はぁ!? モブはモブでしょ!? 主人公に比べたら、価値の低い、ただの情報量少ない雑魚よ!」
ぱちんっ、と。
思わず、わたしの手が出ていた。
感情的になったことを、少しだけ後悔しながらも、口が動いた。
「【人】の命の価値は、みんな平等よ」
こいつの言動、どうにも腹が立つ。
まるでこの世界をゲームだと勘違いしてる。自分だけが主人公で、他はすべてモブだとでも言いたげに。
ここは現実で、彼らはNPCなんかじゃない。命ある、一人ひとりだ。
「な、なによ!? あんただってNPCのくせに! 主人公様に指図する気!? あたしが聖女なのよ! あたしが主人公なのよ! あたしが一番なのよぉ!」
その瞬間だった。
「……もう、黙れ」
後ろから現れたテンラクが、コビゥルを殴った。
「はぁっ!? いったぁい! なにすんのよ!?」
テンラクは、わたしの前にひざまずき、深々と頭を下げる。
「……申し訳ありませんでした、真の聖女……セントリア・ドロ様」
わたしに向かって、そう言った。
「僕は……死んだことで、やっと目が覚めました。貴方様と……そこのゴミ、どちらが本当の聖女か、ようやく分かった」
「ご、ゴミってなによ……!」
コビゥルが肩を掴んでテンラクを揺らすが、彼はその手を払い、もう一発、平手を食らわせた。
「黙れ、偽の聖女よ」
「な、なにが偽よ!? あたしは本物よ!? ゲームの主人公様なのよ!」
「うるさい。なにが遊戯だ。ここは現実。俺たちは生きた人間だ。貴様の発言は、この世界に生きる全ての人間を見下すものだった。そんな未熟な精神性で、聖女を名乗るな」
コビゥルが呆然とテンラクを見つめる。
「あ、あんた……まさか、解けたの……?」
その言葉で、全てが繋がった。
たぶんこいつ、魅了スキルでテンラクを操ってたんだ。
けど、うちの温泉に入って、それが完全に解けた。元の人格に戻った、ってわけだ。
「聖女様……今までの数々の無礼、本当に申し訳ありません。ただ一つ、これだけは言わせてください」
テンラクは深々とお辞儀しながら、言った。
「カスクソーたち……僕の大切な国民の命を救ってくださり、ありがとうございました。真の聖女様」
その瞬間だった。
パキィンッ――と、何かが砕ける音。
そして、天から光が降り注ぐ。極光が、わたしを包み込んだ。
「えっ……な、なに、これ……?」
しゅうううう……と、コビゥルの身体から湯気が立ちのぼり、姿がみるみる変わっていく。
「体が、重い……眠い……なにこれ……」
「あんた、それ……その顔……」
「顔……?」
コビゥルは温泉の湯面をのぞき込み、絶叫する。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
尻もちをついて叫ぶ彼女の姿を、エルメルマータが冷静に評する。
「馬鹿聖女、顔変わってるですぅ。目に大きなクマあるし、髪ぱっさぱさで色も黒くなってるし」
そう、彼女はさっきまで乙女ゲー主人公みたいな、可愛らしい見た目をしていた。
でも今は、まるで……日本人。つまり――。
「前世のあたしじゃないのよぉおおおおおおおおお!」
やっぱりな。前世の姿に戻ったんだ。
「うそ、うそうそ!? なんで!? どうしてこんな顔に戻っちゃうのよぉ!?」
半狂乱のコビゥルをよそに、テンラクが冷たく言い捨てた。
「……外見を偽っていたようだな、この魔女め」
「魔女じゃない! あたしは聖女だって言ってるでしょうが!」
ばっ、と手を向け、叫ぶ。
「【聖撃】!」
聖女の加護が持つ攻撃スキル。聖なる力で敵を吹き飛ばす……はず、だった。
しーん……。
「は……? せ、聖撃!? ど、どうして!? なんで発動しないのよ!? ……きゃうん」
エルメルマータが、軽いノリで麻酔矢を額に当てた。
白目をむいて、倒れるコビゥル。
「はれ……? 馬鹿聖女に麻酔矢、効いちゃったです……? ツッコミで撃っただけなのに……」
……聖女の加護に付属していた耐性スキルが、もう消えてる。
つまり――。本当に、“加護”が、剥奪されたということだ。




