第80話 蘇生の湯
……なんで、コビゥルがいるんだ。
知波、筑波……と順調に結界を解除してきた。
そして最後、東都の結界を破壊しに向かったときのことだ。
なぜか、コビゥル一行と遭遇した。
どうして彼女たちがここにいるのかは不明だったが、鬼と化したカスクソーに襲われていた。
……いくら相手がコビゥルでも、襲われている人間を放ってはおけない。
わたしたちはカスクソーを無力化し、騒ぎを鎮めた。
「で、どうするですぅ~? これぇ~?」
エルメルマータが、こちらを見て首を傾げる。
……どうする、って言われても。
テンラク(と思しき服装)と、カスクソーの仲間たちは、すでに全員死亡。
カスクソー自身は、鬼になってしまっていた。
このまま放って先に進むこともできたけれど……さすがに気がとがめた。
それに、今なら、まだ間に合うかもしれない。
「けが人を、ケミスト領へ運びましょう」
「けが人? はあ? あんた馬鹿なの?」
……バカの声が聞こえてきたが、無視。今は一刻も争う。
わたしは呪符を取り出し、陣を描く。
「この人たちを転送します。手伝ってください」
「はぁあ!? なんであたしがっ……!?」
……誰もおまえには頼んでない。
エルメルマータたちはすでに理解してくれていて、黙ってテンラクたちの遺体を運び始める。
「き、消えた!? え、なに!? 転移!? 嘘でしょ!? 今のって転移スキル!? なんで!?」
ああもう、うるさい。
わたしは騒ぐコビゥルを無視して、ケミスト領へと移動する。
場所は、領主の古城。裏庭の露天風呂だ。
「ふぇる子、いますか?」
『いるわよー』
風呂に浸かっていたフェンリルのふぇる子が、のんびり返事を返す。
「皆さん、ふぇる子が入ってるその温泉に、遺体を入れてください。ふぇる子はそのままで」
エルメルマータたちは、無言でうなずいた。
白王女が、そっと問いかけてくる。
「身を清め、弔ってやるということかの?」
……王女の顔には、どこか哀しみが浮かんでいた。
テンラクたちと関係がないはずなのに、人の死に心を痛めている。やはり、優しいお方だ。
「いえ、違います」
「では、なんのために?」
「……ここから先で見ることは、他言無用でお願いします」
「む……? わかったのじゃ」
わたしは視線で合図し、エルメルマータたちは遺体を温泉に沈める。
すると──
「な……なんと!? 死体の欠損が、癒えていく……!?」
この温泉には治癒の力がある。失った部位すら、再生させる力を。
そして──
しゅぉぉん! という音とともに、湯が光を帯び始めた。
「な、なんじゃ!? 一体何が起きておるのじゃ……!?」
まばゆい光が温泉から立ちのぼる。
黄金に輝いたその一瞬、空気が震え──
「かはっ! はぁ、はぁ……ぼ、ぼくは……」
「な、なんじゃとぉ!? し、死者が……よ、蘇ったぁあああああああああああああああああ!?」
テンラク王子を含む、“黄昏の竜”の面々が、目を開けたのだった。
「こ、これは奇跡……!? まさかそなた、呪禁存思の使い手か!? 伝説の異能者、レイ様の転生者では……!?」
「じゅごんぞんし、ってなんですかぁ?」
エルメルマータが小首を傾げる。
「西方で言う、死者蘇生の秘術ですよ」
「ほえー……。おくちばってん」
エルメルマータが口に手を当てる。
「あ、もがもが……」
「おくちばって、2!」
「もがー!」
百目鬼がわめこうとしたのを、エルメルマータが封じる。偉い。
「百目鬼さんが話すと、ややこしくなるですぅ~」
「し、しかしこれは……死者蘇生など、おかしすぎる……!」
「まぁまぁ、落ち着いて」
「落ち着けるわけないだろ! もがもが……!」
「ま、えるも納得はできませんが……セントリアですし」
ありがとう、エルメルマータ。おまえはほんとうにいい子だ。
「死者すら蘇らせる温泉……一体どういう仕組みなのじゃ?」
「地中に眠る神の力と、聖なる獣・ふぇる子。
その二つを合わせて作ったのが、この“蘇生の湯”です」
「そ、蘇生の湯……なんということじゃ。セントリア、おぬしはやはり神……! 叡智の神の生まれ変わりか、それとも創造神ノアール様の転生かの!?」
どちらも【びにちる】に出てくる神様の名前だ。
「いいえ。元悪女です」
──これで、ひとまず危機は去った。
あとはすぐに東都へ戻って、結界の解除を──
「ど、どういうことよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
……耳にしたくない声が響いた。
振り返ると、アホ面を浮かべた女が、目を見開いて立ち尽くしていた。
「コビゥル……」
「なんで、あんたが、そんな凄いことしてんのよぉおおおお!
主人公様を差し置いてぇええええええええええええええええええ!!」




