第76話 バカ聖女、極東上陸
あたしの名前はコビゥル。聖女にして、この世界──【びにちる】の主人公……だったはずなのに、最近いろいろ上手くいかなくて、マジでイライラしてんのよね。
で、今のあたしはっていうと──極東の島国、ヒノコクに「巡礼」とかいう名目で来てる最中。
「うぷっ……気持ちわる……」
「大丈夫か、コビゥル?」
そう声をかけてきたのは、あたしの彼氏・テンラク。
「大丈夫なわけないでしょうがっ!? なによこの船、揺れすぎ! 酔い止めくらい用意しとけっての!」
この世界の船って、風で進むんだって。魔道具とかで風を起こしてさ。
そのせいでスピードは遅いし、波には揺られるしで、最悪の乗り心地よ。
「助けが欲しいなら転移結晶くらい寄こしなさいよ! こっちは聖女様なんですけど!?」
……で、なんでこんなとこに来てるのかっていうと、巡礼っていう聖女のお仕事。
このクソ面倒なゲームでは、聖女には“瘴気”っていう毒ガスを浄化する義務があるの。
今回も、ヒノコクの王族──九頭竜白夜とかいうやつから、依頼が来たわけよ。
それで、わざわざ海を渡ってあたしが来てあげたってわけ。
……ほんとは来たくなかったけどね。遠いし。
「はー、だる。帰りたーい……いった!」
テンラクが突然、あたしの頭を叩いてきた。
「なにすんのよ!?」
「うるさい! 九頭竜からの救援要請は一ヶ月前に来ていたんだぞ! それを貴様がグズグズしてたせいで遅れて……!」
「ふん、別にいーじゃない。『近い将来、災いが起こるかもしれないから助けて~』なんて、あやふやな手紙だったんだから。後回しでよくない?」
……まあ、実際、手紙はしつこく何通も来てた。
ここ最近はもう毎日レベル。テンラクもさすがに焦ったらしく、あたしを怒鳴りつけて無理やり引っ張ってきたってわけ。
「貴様のせいで極東が滅んでいたらどうするんだ!?」
「だいじょーぶでしょ? なんせ、この世界の主人公様が来てやったんだし?」
そう、ここはゲームの中。
そしてあたしは、唯一無二の特別な存在。世界に選ばれし、主人公。
……セントリアとかいうやつはグチグチうるさかったけどね。「これは現実なんだ」って。
は? ゲームキャラに説教される筋合いないんですけど?
主人公が片付けられない問題なんてあるわけない。
だから、今回も楽勝よ。
「つーかさ、迎えは? このあたしが来てやったってのに、誰も出迎えないとか何なの?」
「……たしかに、妙だな。人の姿が見えない」
「はあ? 誰もいないって、なにそれ……」
あたしたちが降り立ったのは“横濱”って港町。
てか、“横浜”じゃなくて“横濱”って。現実と同じ名前にする意味ある?
設定手抜きすぎじゃない? ネーミング考えるの面倒くさくなったとか?
まあいいわ。正直、そういう細かい設定とかどーでもいいし。
歴史とか世界観とか、あたしそういうの気にするタイプじゃないのよね。
あたしが興味あるのは、イケメンとの恋愛イベントだけ。
「仕方ない。こちらから東都に出向くぞ」
「え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
は? なんであたしから行かなきゃいけないの!? 呼ばれて来たんだけど!? マジ意味不明!
テンラクは、同行してる冒険者パーティ【黄昏の竜】に命令する。
「カスクソー、馬車を探してこい」
「あいあいさー」
このパーティ、本来なら“エルメルマータ”っていう超絶イケメンスナイパーがいるはずだったのに、
なぜか今回はいなかった。テンションだだ下がりなんだけど……。
イケメンがいないとやる気でないのよ。
極東には確か“一郎”ってイケメンがいたような……。
でも、どういうイベントだったっけ?
たしか吸血鬼がどうのこうのって……あんま覚えてない。
まあ、覚えてないってことは、そんな大したイベントじゃなかったんでしょ。
とりあえずイケメンゲットできれば、それでオーケー。
「探してきたけど、変な馬車しかねえんだよな」
「変な馬車?」
「ああ。馬がいねぇんだ」
……は?
あたしとカスクソーで確認しに行ってみたら──それ、自動車じゃないの。
現実で見たことあるやつ。
一応あたし、免許は持ってる。ペーパーだけど。AT限定だけど。
「お、聖女さん知ってんのか?」
「え、ええ……まあ……」
「それなら運転できるだろ? 俺ら運転できなくてさ」
やば。
あたし、運転したことないペーパーなんですけど!? 教習所以来一度も触ってないんですけど!?
「ん? どうした聖女さん。もしかして知ってるだけとか?」
はぁああああああああああああ!? なにその挑発?
「できるけどぉ!?」
「おお、助かるわ!」
はっ……しまった。見栄張っちゃった……。
ま、まあ大丈夫っしょ。教習所では動かせたし。
で、乗り込んだ。エンジンかける。
すこんっ。
「あれ……?」
全然動かないんだけど!? え、なにこれ、壊れてんの!?
すこんっ。すこんっ。すこんっ。
「聖女さん? 運転できるって……」
「できるわよ!? 車なんてサルでも運転できるっての!」
でも、いくらエンジンかけても反応なし。
ブレーキとアクセルの横にある、謎のペダルは何?
シフトレバーになんか番号ついてるし!
ファンタジー世界だからって、現実の自動車にアレンジ加えるんじゃないわよ!!
余計なことすんなっての!!
──結局、1時間悪戦苦闘したけど、車は一ミリも動かず。
「あれだけ自信満々だったのに、動かせないのか」
「うるさい!!!」
ああもう! 最近、ほんっとにあたしの思い通りにいかない!
ムカつく! イライラする! ……なんなのよこの世界!




