第73話 陣を作る
結界を一郎の異能で解除したあと、わたしたちは木更津の町に入る。
鬼は思ったよりも少なかった。
わたしの銃と、エルメルマータの矢で、すぐに制圧できた。
「見事だのぅ! 二人とも!」
鬼となった異能者達を捕縛し終え、わたしたちは白王女のもとへ戻る。
白王女には現地の軍人と連携して、民間人を保護してくれていた。
「まさかセントリアも戦えるとは! 頭も良いだけでなく、腕っ節もいいなんて! 女性として憧れるのじゃ!」
……白王女、凄いわたしを褒めてくる。
心が清らかななのだろう。……ルシウムさまも……。
「ルシウムさまもぉ~。こぉんな心の綺麗な女性の方が好きなのかもぉ~?」
……この色ボケ残念エルフめ。
「心の声をねつ造しないでください」
「ほんとにねつ造なんですかぁ~? 事実だったりしてぇ~? むぐっ!」
彼女の口を手で塞ぐ。
「……見事な射撃の腕だな」
百目鬼がわたしをにらみつける。
その目からは、わたしへの疑念が滲み出ている。
「一体どこで身につけたのだ?」
「昔取った杵柄です」
まさかゲームで鍛えたとは言えない。
「よさぬか、茨乃! 詮索はせぬようにと申したであろう!」
白王女が叱りつける。
「いいのです、殿下。わたしが胡散臭い存在のは事実ですし」
「そーですよぉう」
……おまえは同意するな。
「それで、次は如何するのじゃ? 民間人を放ってはおけぬし?」
「彼らを安全な場所へ移送してから、次の結界へ向かいます」
「ありがとう!」
にぱー、と王女が笑顔を向ける。本当に無垢な人だ。
「安全な場所とはどこだ?」
また百目鬼がにらんでくる。
「ままま、茨乃ちゃん、そんないちいち噛みつかないでくださいよぉう~」
エルメルマータが百目鬼に近づいて、がしっ、と肩を組む。
「セントリアさんは秘密が多いかもですがぁ、女の子なら秘密の一つや二つあっても当然すよね~?」
……残念エルフはわたしをフォローしてくれてるようだ。
ほんと、普段はちゃらんぽらんしてるのにね。
「疑わしいというのならおまえもだぞ、駄肉!」
「おやぁ~? ご自分の胸のサイズを気にしてるのですかぁ~?」
「だっ、だだれが胸が小さいか……!」
「わかる、わかるぅ。女性ですもんねぇ~。綺麗に思われたいですよねぇ~? そ・こ・で! ケミスト領の『豊胸の湯』をおすすめするですよぉ~?」
「豊胸の湯……? なんだそれは」
「入れば、お胸がおっきくなる魔法の温泉ですぅ!」
「なんだと!? ば、ば、バカな……そんな夢のようなものが存在……するのか!?」
慈母のような笑みを浮かべて、エルメルマータが親指を立てる。
「みんなでケミスト領に、れっつらごー☆」
「…………うぐぐ」
「ほらほらぁ~。あなたもケミスト領いきたくなってきたでしょ~?」
「グッ……!」
ナイスだ。これで百目鬼も黙ることだろう。
「安全な場所というのは、ケミスト領です。あそこには鬼を人に戻す装置もあります」
「すごい! しかし、ケミスト領は海をまたいだ向こう、ゲータ・ニィガにあるのじゃろう?」
「はい。でも転移スキルがあります」
「そうか! おぬしの土地瞬間移動か!」
「はい。ただ、木更津の人間を一度に転移させるのは……難しいです」
できはする。全員が手を繋いでいけばいいのだ。
だが……人が多すぎる。百目鬼のように、不安がる人間もでてくるだろうし。
「ならば、どうするのじゃ?」
「こうします」
わたしが懐から取り出したのは、呪符だ。
「なんですかそのお札ぁ? へんな文字が描いてますけどぉ?」
「呪符です。横濱の結界石でも見たでしょう?」
「あ~。あれかぁ」
はえ? とエルメルマータが首をかしげる。
「そのお札をどうするんですぅ?」
「こうするんです」
わたしはお札に向かって、土地瞬間移動を発動すると念じる。
するとお札がブブン、音を発しながら光り出す。
「ほぇ-!? お札が光り出した!? 爆発だぁ! セントリアさんあぶなぁい!」
エルメルマータがわたしにのしかかってきた。
……お、おもい……。
「だ、大丈夫だから……」
……わたしを心配して行動してくれたのが、ちょっと嬉しい。けどどいてほしい。本当に重い……。
「それは貼った相手の姿を消す術が書き込まれておるが……それをどうするのじゃ?」
「特殊な使い方をします。二葉ちゃん、このお札を、木更津の町の端っこに貼ってきて。円を描くように」
二葉はうなずくと、鬼化して、すぐさまその場から離れる。
「結界でも作るんですか?」
首をかしげる一郎。
「いいえ、違います。裏技を使うんです」
「は、はぁ……」
一方でエルメルマータは得意げ。
「えるしってるぅ。裏技でしょ~? セントリアの必殺技!」
いや、殺しはしないが……。
ほどなくして二葉が戻ってきた。
「呪符はってきましたよ、姉様!」
「よし。では……エルさんは一郎くんを抱きかかえて」
エルメルマータは首をかしげながらも、「おひめさまだっこですぅ~!」と一郎を抱きかかえる。
「土地瞬間移動!」
その瞬間、足下が光り出す。
そして……気づけば、わたしたちは別の場所にいた。
「うぉ! 一郎!? って、白王女!?」
「烈日!?」
五十嵐 烈日が、目の前に居た。
ここはケミスト領、奈落の森のなか。
鬼から人に戻す巨大温泉の側である。
「ここはどこじゃ!?」
「ケミスト領ですぅ~」
「なんと!? セントリアの術は、触れている人間しか適用されぬのではなかったのか!?」
木更津の町の人たちもまた、一緒に転移されているのがわかる。
よし、上手く行ったようだ。
「どうなってるのじゃー!?」
「呪符で陣を作りました。霊力を込めれば、術者の力はその円内に及ぶんです」
うーん……とエルメルマータが首をかしげる。
「どゆことですかぁ?」
「わたしが触れた呪符で囲めば、その中に居る人たちも一緒に転移できるってこと」
「ああ~。なるほどぉ~。って、それ超便利じゃないですぅ!?」
そのとおり、便利なのだ。
「なんでそんな便利なコンボがあるのに、最初から使わなかったんですぅ?」
「呪符がなかったからです。ヒノコク特製なので」
「ああ~……なるほどぉ~……おくちばってん」
エルメルマータが口の前に手を置く。
きっとどうしてそんなことができると、知ってるのかって聞きたくなったのだろう。偉い子だ。
「えるは偉い子なので~」
「いやオカシイだろう!? なぜ極東の技を、西方のものが使えるのだ!? 気になるだろ!?」
百目鬼が至極まっとうな疑問を抱く。
「セントリアさんなのでぇ~」
「それで全部押し通す気かっ!」
「叡智の神さまですし~」
「納得できるかっ!!!」
「いや、わたしもできてませんけどぉ」
「してないのかよ……!!!!!」




