第72話 結界破壊
知波とは、現実で言うところの千葉県だ。
そして知波の結界は、木更津に存在する。
「なんと大きな結界じゃ……」
白王女が目の前の結界を見上げて言う。
海沿いの町を、丸ごと覆い尽くすほどの結界だ。
「セントリアさん。ぼく……本当に結界を破壊できるんでしょうか……?」
一郎が不安げに尋ねてくる。
まあ、気持ちはわかる。横濱の結界は、結界石を皆で手分けして壊すことで解除できた。
それくらい、手間暇かけないと、結界は壊せないと思ってるのだろう。
「大丈夫です。自信を持って。あなたならできます。さぁ……」
わたしは彼の背中を押す。
彼の中にある、異能殺しの力。
彼が異能……つまり、結界に触れることで、発動する。
彼は目の前の結界に、ぴたり……と触れる。
シーン……。
「兄さんが触れても、異能殺しが発動しない……?」
「やっぱりだ……ぼくが、無能だから……」
不安げな一郎くんを、エルメルマータがぎゅうっと抱きしめる。
「大丈夫ですぅ!」
にこり、とエルメルマータが笑う。
「セントリアさんがぁ、大丈夫ってぇ言ったんですから、大丈夫ですよぉう」
「エルさん……」
わたしのこと、信じてくれているようだ。
人から信頼されてるのって、なんだか嬉しい。
「確かに素性の怪しい人ですしぃ、知識の出所が不明瞭すぎてやばいですがぁ、セントリアさんはヤバい人じゃあないですよぉう」
……一言二言、余計なんだよ、全く……。
ぴしっ、ピキッ……!
そのとき、結界にヒビが入る。
「ほらみてみて、一郎くん! ひびですよぉう! ほらぁ……!」
エルメルマータが指さす先を見ると、一郎が触れた場所を中心として、ヒビが入る。
それは結界全体に広がっていくと……。
パキィイイイイイイイイイイイイン!
結界は粉々に砕け散っていった。
「す、すごい……異能殺しの……レイさまと同じ力……! あの女の言うとおり、本当に、孫の一郎様に引き継がれていただなんて……」
一郎の祖母も異能殺しの異能を持っていた。
触れたあらゆるものを、虚空に消し飛ばしていた、らしい(フレーバーテキスト記載)。
「すごいのぅ一郎! 結界を触れただけで破壊してみせるとはー!」
白王女が一郎を褒める。
一方、当の本人はまだ自分がしたことに、実感を覚えていないようだ。
「結界石を破壊してないのに、どうして結界は解けたんでしょう……」
「異能殺しが結界に触れると、発生源である結界石も壊れるのです」
まあ、それを防ぐ方法もなくはないのだが。
今回は、ただ結界石に何の破壊対策も行われていなかったらしく、一郎が触れただけで破壊可能だったのだ。
「……何故そのようなことを、貴様が知ってるのだ、セントリア・ドロ!」
百目鬼が凄い怪しんでくる。
「それはもう叡智の神の生まれ変わりだからですよぉう」
「叡智の神は慈悲深く、穏やかな方だぞ! こんな目つきの悪い悪女が、叡智の神なわけがない!」
まあ、目つきが悪いのは否定しないが。
「まあまあまあ、いいじゃあないですぅ~? 乙女には秘密の一つや二つあって当然でしょう? かくいうえるもぉ、人には言えない秘密があるんですぅ~」
その秘密、昔太っていたってことだろう、どうせ。
「今は一刻の猶予もありません。結界の中に閉じ込められていた木更津の人たちを、ケミスト領へ護送し、次の結界へ行かないと」
「ぐぬ……確かにそれはそうだが……」
「言いたいことはわかりますが、どうか、信じてください」
百目鬼はまだわたしを疑っている様子。
一方で、白王女は「もちろんじゃ! 信じてるぞ!」と良い笑顔で言う。
「おひい様はちょっと人を信じすぎです……」
そこは、まあわたしも同意である。




