第70話 ぴゅあな王女
極東の王女、九頭竜 白王女を助けた。
「それにしても、すごいのぉう! ちぎれた足を治してしまうとはっ!」
白王女がわたしにキラキラした目を向けてくる。
「凄まじい呪禁の使い手じゃ!」
「恐れ入ります」
……呪禁。異能を応用した、治癒術のことだ。
無論わたしには使えない。
が、ここで足を生やしたのは、温泉だなんて事実を伝えたら、ますます混乱する。
特に、白王女の側近、百目鬼はわたしを怪しんでいるようだし。
「ふぇ? 何言ってるんですかぁ。白王女の足を治したのはぁ、温泉パワーじゃあないですかぁ~?」
……この、残念エルフが……。
なんで余計なことを言うんだろうか……。
「なに? どういうことじゃ?」
「ケミスト領の温泉は入ると、どんな怪我でもたちまち治るんですよぅ……もがもが……」
わたしは残念エルフの口を押さえ、後ろに引っ張っていく。
「……余計なことを言わないの」
「……えー、でも嘘は良くなくないですかぁ? 呪禁なんて使えないじゃあないですかぁ」
「……それはそうですけど」
「……嘘ついて、あとからバレたら大変ですよぅ。なら最初から真実を伝えた方がいいとえるは思うですぅ~」
……まあ、言いたいことはわかるんだが……。
「なんと……温泉……じゃと……」
ぷるぷるぷる、と白王女が体を震わせている。
さすがに、ふざけるな、と言われてしまうだろう……。
「すごいのぉー!」
「「え……?」」
白王女が目を輝かせる。
「すごいのうすごいのう! 入るとどんな怪我でも治してしまうなんて! すごいのじゃー!」
……。
…………。
………………。
「わーこの王女さま、バカ正直……あいたたたたー!」
わたしは残念エルフの耳を強めにひっぱっておく。
「口を慎みなさい、残念エルフ」
「残念って何が残念なんですかー!」
……主に、頭的な。
「すごいのぅ、ケミスト領の温泉、すごいのじゃ! ありがとうのぅ、セントリアよ!」
「恐れ入ります」
もうちょっと人を疑った方が良いと、わたしは思ってしまう。
「ありえません。ちぎれた足を元に戻すなど、それこそ、完全回復薬や魔神水でないと不可能です」
百目鬼がツッコミを入れると、エルメルマータが首をかしげる。
「完全回復薬は知ってますがぁ、魔神水ってなんですかぁ?」
「魔力結晶から漏出する、特別な水ですよ。完全回復薬と似た効果を発揮します。すなわち、完全なる治癒効果を」
「ふむふむなるほどぉ~……」
エルメルマータが少し考えた後……。
「あれ? セントリアさんところの温泉ってぇ、もしかして完全回復薬と同等の効果を発揮するってことですかぁあああああああああ!?」
……今、気づいたのか……この子……。
「ふぇー! しかも完全回復薬と同じ効果を持つ温泉が、無限に湧き出てるって、やばくないですかぁ~!? あいたー!」
……またしても余計なこと言ってこの子はもう……。
さすがに、嘘だって思われるだろう……。
「なんと! 無限に完全回復薬と同じ効果の温泉がでるとなー!? すごいのじゃー!」
……白王女は、もしかしてエルメルマータと同類……?
「セントリアよ、すごいのぅ、お主の領地は!」
「お、恐れ入ります……。ですが、わたしのではありません。わたしの夫の領地です」
ケミスト領でないと、神の奇跡を起こす温泉にはならないのだ。
「完全回復薬が無限に湧き出る領地……すごいのじゃ。この事件が解決したら、行ってみたいのじゃ!」
「白王女殿下。状況をお聞かせねがいませんか?」
そうそう、とエルメルマータがうなずく。
「何かから逃げてたようですがぁ、一体どこから、どうして逃げてたんですぅ?」
うむ、と白王女がうなずく。
「お爺さまの予言に従い、極東を救う、救世主に会いに行く途中だったのじゃ」
「ふぇ……? 予言……? 救世主ぅ?」
「うむ。わらわの祖父は、未来を予言する異能を持っているのじゃ」
「ふぇー! すごぉい!」
白王女の祖父、九頭竜 白夜は、ハクタクという未来視の能力を持っているのだ。
「祖父曰く、まもなく極東で鬼神が誕生する。それを阻止するために、西方より来たる救世主に会うのじゃ……と、わらわを送り出してくれたのじゃ。鬼うろつく、東都から……の」
……やはり東都も、鬼で溢れているようだ。
それに……鬼神。やはり……。
【びにちる】と同じ展開だ。
「鬼神ってなんですかぁ? なんだか怖いかんじしますけどぉ」
「わらわにもわからないのじゃ。ともあれ、鬼神なるものが復活すると、極東が大変なことになると……」
じっ、とエルメルマータがわたしを見つめてきた。
「どうぞどうぞぉ~」
「……なんですか、どうぞって」
「どうせ、セントリアさんのことですからぁ、何か知ってるんじゃあないかってぇ」
いや……確かに知ってるけど。
それ……絶対知っていること教えてくれってなるだろう。
言わないわけにはいかないし。言ったところで、【びにちる】知識は、現地人には説明しづらいのだ。
だから、説明せずに、現地へ行って問題解決しておきたかったのだが……
「なんと! セントリア、何か知ってるのか?」
「……はい」
「ほらぁ~。やっぱり知ってるんじゃあないですかぁ。だめですよぉう、隠し事は」
……別に隠してるわけじゃあない。
まあもうここまで来たら説明せざるを得ない。
「恐らく鬼の王が、【鬼祭り】を遂行してるのだと思います」
「鬼祭りってなんですかぁ?」
「鬼神を作る、大規模呪術儀式のことです」
「呪いの、ぎ、ぎしきぃ?」
鬼祭り。【びにちる】でもあったイベントだ。
極東にいくつも結界の器を作り、そこに邪気を貯める。
そして、無数の鬼の魂を、結界の器の中で満たすことで、鬼神を作り出す……という儀式だ。
「鬼神とは文字通り鬼の神のこと。人間、鬼を超越した、神を人の手で作る。それが、鬼祭りなのです」
「なんと……。鬼の魂をいけにえにするということは、つまり……」
「はい。このままでは、大勢の人の命が、失われることになります」
だから、鬼の王は鬼を大量に作っているのだ。
【びにちる】の原作では、主人公達が駆けつけた際には、鬼神が既に復活してしまった。
大勢の極東人たちの命は失われてしまう。……無論。そこには鬼になってしまった二葉もいた。
主人公は、鬼神を、犠牲を出しながらも封印する事に成功する……。
そう、コビゥルでは、封印することしかできなかったのだ。厄災の種が取り除かれることはなかった。
「鬼神を人間が撃破することは、できません。だから、鬼神となる前に、鬼祭りを失敗させなければいけません」
「そうか……だから、お爺さまは……自らを犠牲にしてまで、わらわを……」
ぐす、と白王女が涙を流す。
エルメルマータが抱きしめて、頭をよしよしする。
「しかし貴様、何故そんなことを知ってるのだ……?」
百目鬼が、予想通りすぎる質問をしてきた。
こうなるから説明したくなかったんだが……。
「それは、セントリアさんが、全知全能ミカ神の生まれ変わりだから、ですぅ~!」
どやぁああ……とエルメルマータが胸を張って言う。
「なんだその、アホみたいな名前の神は?」
と百目鬼が尋ねる。
「え~。百目鬼さんしらないですかぁ? えるたちのいる、西方ではメジャーな、叡智の神様のことですよぉ」
「……その叡智の神の生まれ変わりが、セントリア・ドロだと?」
「そうそう~」
よくもまあ、こんな嘘八百を堂々と言えた物だ。
というか、エルメルマータ、おまえさっき嘘は良くないとか言ってなかった……?
さしもの王女も、まさかこの嘘を信じるとは……。
「叡智の神の生まれ変わりじゃったのかー!?」
……。
…………。
………………なんとうか、白王女は、その、心の広い人だな。
「白ちゃんちょっと心配になるレベルで、バカ正直ものですぅ~……あいたー!」
残念エルフの耳を、強めに引っ張っておいたのだった。




