第69話 極東の王女を治療する
わたし達はすぐさま、一郎たちのもとへ引き返す。
「けが人がいるかもですからねぇ」
妖魔が車を襲っていた。つまり、彼らから攻撃を受けた人がいる可能性が高い。
軽傷ならいいが、万一重傷者がいたら、早くいって治癒する必要がある。
「愛しのルシウムさんにぃ、褒めて貰うためにですねぇ?」
「バカなこと言ってないで周囲の警戒を」
「わかってますよぉう。照れなくてもいいのにぃ~♡」
……どうにもこのエルメルマータという女は、頭が恋愛に支配されてるようだ。
やれやれまったく、脳天気な女だ。
ほどなくして、わたしたちは一郎のもとへやってくる。
大破した車の周りに、数人のヒノコク人たちがいる。
護衛らしき男3人に、少女が1人。
護衛達は比較的軽傷だ。
が、少女の状態が酷い。
足がちぎれて、大量出血していた。
わたしはすぐさま治療に当たろうとする。
「なんだ貴様は!? おひい様に近づくな」
護衛の女が、わたしの前に立ち塞がる。
邪魔だな。どいてほしい。
「百目鬼さん! 大丈夫です、この人は味方です!」
「一郎様……」
どうやらこの護衛の女と、一郎は知り合いのようだ。
助かる。
「彼女は奇跡の力を持った、素晴らしい御仁です。おひい様の怪我もたちどころに治して見せます! だから、彼女に任せてあげて!」
「………………一郎様が、そうおっしゃるなら」
護衛の女……百目鬼が、納得したようにうなずく。
一郎が居て良かった。
「治療します」
わたしはすぐさま、持参した水筒を手に取って、中身をけが人達にぶっかける。
中身は無論、ケミスト領の温泉だ。
すると、みるみるうちに、怪我が治っていく。
「な!? ち、ちぎれた足が、生えてきただと!?」
百目鬼が驚愕の表情を浮かべる。
極東人にも治癒術が存在するが、ここまで高度な術を使うものは、限られてる。
「そんな……まさか、この女……呪禁を使えるのか!?」
「じゅごん? 動物ですかぁ? おうん、おうん?」
……エルメルマータがジュゴンのものまねをしてる、らしい。
おまえは本当に緊張感がないな……。
「呪禁とは、極東固有の治癒術ですよ」
「はーえ、なるほどぉ~。おっと、おくちバッテン」
またエルメルマータが自分の口を手で覆う。
良い子だ。
「おひい様! 大丈夫ですか!?」
「う、うう……ああ、大丈夫じゃ……。茨乃」
護衛の女は茨乃というらしい。
そして……目を覚ましたほうの、おひい様と呼ばれた女。
この女には、見覚えがある。無論、この体で会うのは初めてだが。
「エルさん、頭下げて」
「ふぇ? なんでー? むぎゅ」
わたしはエルメルマータの頭をさげて、その場で跪く。
「お初にお目に掛かります、【九頭竜 白】王女殿下」
「くずりゅー……はく? 王女……王女ぉ!? ふにゅ!」
エルメルマータの口をガッ、と掴む。
「……相手は王族だから、失礼のないように」
「……ふぁふぁっふぁふぇふぅ~」
どうやらわかったようだ。やれやれ……。
白王女は「うむ……面を上げるのじゃ」という。
わたしは改めて、目の前の幼女を見やる。
年齢は確か7,8歳だった。
長い白髪を、ツインテールにしてる。
白い瞳に、白いまつげという、体のパーツ全てが真っ白で、美しい少女だ。
白い着物は、先ほど妖魔に襲われた際の血で赤く染まってしまってる。
だが、しっかりと足が生えていた。
「おぬしが、妾を助けてくれたのじゃな? 名乗るがよいのじゃ」
「はっ! わたしはゲータ・ニィガ王国、ケミスト領が領主の妻、セントリア・ドロと申します」
「セントリア……ドロ? あの噂の悪女の?」
……まさか海をまたいで、こっちにまで、わたしの悪名が伝わっているとは……。
まあ、極東ヒノコクと、ゲータ・ニィガは友好国。この姫様も、何度かゲータ・ニィガに来たことがあるんだろう。
そのときに、悪女の悪名を聞いたんだろうな。
嘘をつく必要はないので、正直に答えるとしよう。
「左様でございます」
「なんと……ううむ、聞いていた噂と、随分と違うの、おぬし。もっと酷い女じゃと思っていたが、良い奴じゃな!」
にぱっ、と白王女が笑う。どうやら警戒心は解かれたようだ。
一方で、百目鬼茨乃のほうは、警戒心を露わにしてる。
「おひい様、あまり心を許してはなりませぬ。この悪女が何かを企んでいるかもしれませんよ?」
……まあ、言いたいことはわかる。
「無礼者が!」
しかし、白王女は百目鬼をしかりつける。
「このものは、わらわの命を助けてくれたのじゃぞ?」
「し、しかしそれは……恩を売って、後から大金をせしめるための策やも……」
「馬鹿者! 彼女らが自らの危険を顧みず、妖魔と戦ってくれたのは事実じゃろう!? ただ恩を売るために近づいた悪しき心の持ち主が、そこまでするか!?」
「そ、それは……」
……どうやら白王女はわたしを庇ってくれてるようだ。
百目鬼は白王女にしかられて、うなだれる。
そして、わたしに頭を下げてきた。
「申し訳ございませんでした、ドロ嬢」
「お気になさらず。そう思われても仕方ありません。なにせ、密入国者ですから、今のわたしとそこのエルフ女は」
許可もなく国に入っているのだから、密入国者だろう。
「ふぇ!? え、えるも密入国者なんですかぁ!?」
「……申し訳ありません。このエルフはちょっと、アレなもので」
「アレって何ですかアレってぇ? 美人ってことですぅ? やーん♡」
……残念って意味だよ。
「それこそ、構わぬのじゃ。今は緊急事態じゃからの」
寛容な方で助かった。
「改めて名乗っておこう。わらわは九頭竜 白。この国の王女じゃ! よろしくな、西方からのまれ人よ!」




