第68話 東都へ向かう
わたしは車を運転し、東都……現実で言うところの東京を目指していた。
極東の道はアスファルト舗装されておらず、常にガタガタと揺れて、お尻が痛くなる。
けれど……。
「うひょー! 自動車ってすげーですぅ~!」
車に初めて乗る、エルメルマータは、ウキウキした調子で言う。
「馬車の何倍も早いし、馬車よりめちゃくちゃ揺れないですぅ~! すごいですぅ!」
……西大陸人(異世界人)からすれば、自動車での旅は、とても快適に感じるらしい。
まあ馬車よりは確かにマシかもしれないが……。
現代人からすれば、この揺れはいかんともしがたい。
「あ、そうだぁ~。えるね、気になってることがあるんですぅ~」
「ほぅ、なんですか?」
今は暇だったので、エルメルマータの質問に答えてあげよう。
「土地瞬間移動、使わないんですかぁ?」
……なるほど。至極もっともな意見だ。
「セントリアさん、どうせ東都にも行ったことあるんでしょ~? なぁんで土地瞬間移動使わないんです? てゆーかぁ、最初に横濱に降り立ったのもえる疑問かなーって」
まあ、言いたいことはわかる。
最初から東都に、土地瞬間移動すれば良かったじゃんって意味だ。
「東都に飛ぼうとしたのですが、できなかったんですよ」
「どういうことですかぁ?」
「どうやら、東都には、中に入ったものを別の場所に飛ばす領域結界が張られてるみたいですね」
最初に、土地瞬間移動で、東都へ飛ぼうとした。
そしたら、横濱へと強制転移させられたのである。
「あ、なるほどぉ~。ん? じゃあまずいのでは? 車で向かっても、結局中に入るときに、飛ばされちゃうんじゃ?」
「一郎くんがいれば、大丈夫です」
「ふぇ? そーなの?」
「はい。一郎くんが結界に直接触れれば、強制転移術式を、解除できるので」
「ふぇ~~~~~~そうなんだぁ~」
一条兄妹が、後部座席で、わたしにキラキラした目を向けてくる。
「姉様、すごい! 本当に何でも知ってるわ! まるで……全知全能ミカ神さまみたい!」
「二葉はミカ神様すきだねえ」
「うん! だってミカ神様の伝説、とっても面白いもの! 兄さん読んだことないの?」
「神話はちょっと……苦手で」
「是非読むべきよ! 全知全能ミカ神伝説!」
……ミカ神とは、【びにちる】に出てくる神様の名前だ。フレーバーテキストは読んだことある。
でも、曰く無から有を作るとか、トマトを眷属にしたとか、荒唐無稽すぎる内容で、正直わたしは乗れなかったな。現実味が薄すぎるというか……。
「ん? セントリアさぁん、なーんか、この先でトラブルが発生してる気がするですぅ~」
エルメルマータが窓から顔を出して、耳を側立てる。
彼女は耳が良いので、離れた場所の音を拾えるのだ。
「トラブル?」
「魔物に、人が襲われてるかもですぅ。悲鳴が聞こえるし」
なるほど……。
急ぎではあるが、危険を知ってしまった以上、ほっとけはしない。
「助けに向かいますよ」
「むふふ~♡ えるは知ってますよぉ~♡ 人助けしちゃう理由♡」
エルメルマータがニマニマ笑ってる。なんなの……?
「ルシウムさんにぃ、褒めて貰いたいんですよねぇ?」
……この女、ほんっと、恋愛脳だな……まったく。
確かにルシウムさまは、わたしが人助けしたら、褒めてくれる。でもそれが、わたしが人を助ける理由にはならない。
「しょんなことないでしゅ……!」
「「……でしゅ?」」
……いかん、噛んでしまった。一条兄妹が不思議そうに首をかしげている。
一方で、エルメルマータは腕を組み、何度もうなずく。
「わかるですよぉ、えるはその気持ちわかるですぅ~」
「……くっ」
「好きな人に好かれたい、その気持ちえるにもわかっちゃうんだなぁ~」
「…………」
「セントリアさんも可愛いところあるですねぇ……あいたたたたっ」
やかましいエルフの耳を片手でつまむ。
「場所、特定」
「照れ屋さんですぅ~~♡ あいたたた、このまままっすぐですぅ」
……わたしは現場へと向かう。別に照れてるとかそういうのではない。
「えるセントリアさんのこと、ちょっと理解できた気がするですぅ~♡ 好きな人のために尽くしたい。わかる、わかるなぁ~。んふふ~♡ 恋する乙女って素敵ね~♡ あーあ、えるにも素敵な人が現れないかなぁ」
……このエルフは、男に人生を狂わされて、痛い目に遭ってるはずなのに……。
今なお男との恋愛を求めているらしい。神経が図太いというか、なんというか……。
ほどなくして、目標が見えてきた。
「ふぇええー! なんですか、あのでっかい巨人はぁ~~~~~~!?」
エルメルマータが見つめる先に、ガリガリに痩せた、巨人がいた。
その足下には、旅人らしき人たちがいる。
「うひゃ~! でっかぁい、どれくらいあるんだろ……? って、さらにデカくなったですぅ!?」
……なるほど、敵の正体がわかった。
「エルさん、見上げてはいけません」
「ふぇ? なね?」
「いいから、見上げれば見上げるほど、巨人は大きくなるのです。視線を前に固定し、麻痺の矢を」
「は、はひぃん! 蜂の矢!」
エルメルマータが麻痺の魔法矢を放つ。
それは巨人にぶち当たる、動きが止まる。
「二葉、鬼化して、巨人を蹴飛ばしてください。見上げてはいけませんよ」
「了解です、姉様!」
二葉は鬼化して、自動車のドアを開ける。
空中で一回転して体勢を整え、地面を蹴って、弾丸のごとき速度で飛ぶ。
二葉は巨人に跳び蹴りを噛ます。
巨人はぶっ飛んでいく。
二葉はその場に着地。
その間に、わたしたちは旅人の保護へ向かう。
「一郎くんは、二葉ちゃんとその人達の安否確認。わたしとエルメルマータで倒してきます」
「は、はい!」
一郎を下ろして、わたしたちは巨人の方へ向かう。
「ええー……。二人で倒せますかぁ? あんなおっきな巨人をぉ」
巨人はふらふらと立ち上がる。
「問題ないです。あれの倒し方は心得てますので」
わたしは巨人を……見下ろす。
「ふぇえええ!? きょ、巨人がみるみるうちに小さくなってくですぅう!?」
わたしたちが到着する頃には、巨人は赤ん坊くらいのサイズになっていた。
「どんな魔法使ったんですぅ?」
「これは魔法ではありません。この妖魔の倒したかを知ってるんです」
妖魔。極東に出る固有のモンスターのこと。
そして妖魔は、日本で言う、妖怪をベースにして作られてる。
「この巨人は、【みこしにゅうどう】という妖魔です。見上げると大きくなってしまうんです。逆に、見下ろすとこうしてサイズが小さくなる」
【びにちる】開発陣は、こういうこまかい現実の設定まで、ゲームに反映させているの。そこが、リアリティがあって、面白くて好きだ。
「セントリアさんはぁ、本当に何でも知ってるですねぇ。おっと、おくちバッテンですぅ~」
エルメルマータは口の前で、両指で×を作るのだった。




