第60話 バグ技で巨大スパを一瞬で作る
わたしは土地瞬間移動を使って、奈落の森へとやってきた。
ケミスト領に隣接する、巨大森林のなかにいる、わたしたち。
「あれぇ? どうして森の中なんですかぁ? 若返りの湯がある、古城へ行かないんですぅ?」
鬼を人に戻すためには、若返りの湯に入れる必要がある。
現在、それはアインの村の公衆浴場か、ケミスト領主の古城にしかない。
「どっちも、横濱の人全員を、一気に入れるほど、大きな湯船ではないので」
「あ、なるほどぉ~……。そんな大人数入ることを想定した温泉じゃあないですもんねぇ」
そういうことだ。
つまり、今必要なのは、横濱の人が一気に入れる、巨大スパ。
「今から作るんですかぁ?」
「いえ、今あるものを活用します」
わたしたちの目の前には、巨大な湖がある。
「あ、ここってぇ、たしか奈落の森にある、巨大湖ですよね? 地下水がにじみ出してできた」
元々奈落の森の広大な土地には、地下水が漏出してできた湖や池が、たくさんある。
これはそのうちの一つだ。
「ここを巨大スパに変えます」
「変えますって……いやいや、湖ですよ? どうやって温泉に変えるんですかぁ? まずこの大量の水がじゃまじゃあないですかぁ?」
ケミスト領では、どこを掘っても、温泉が湧き出てくる。
どこでも、ということは、この巨大湖でもだ。
でも湖に元々ある水が邪魔である。
「そこで、バグ技を使います」
「ば……ぐ?」
「はい。バグ技」
本来、ゲーム制作者たちが、想定していない現象。それを、バグ技という。
……ここは【びにちる】そっくりな異世界だ。ゲームの中、ではないだろうとは思っている。
でも【びにちる】世界の法則が、適用されているのは事実。
なら、【びにちる】でできたバグ技が、使用できる。
わたしは湖に向かって、飛び込む。
「セントリア姉様ぁ……!?」
驚く二葉を余所に、わたしは湖のなかに……着水。
水がわたしに触れた瞬間、土地瞬間移動を使用する。
ぱっ……!
と、湖の水だけが、消えたのだ。
「うええええええええええ!? あの量の水が、一気にきえたですぅううううううううううううううううううううう!?」
ぐしゃり、とわたしは湖の跡地に着地。
いっつ……。
でも、よし、バグ技上手く作動した。
「いいい、いったいどういうことですぅ!?」
「バグ技です。ジャンプし、着地と同時に土地瞬間移動を使うと、キャラクターに接地してるアイテムが転移先に飛んでしまうんです」
これがバグ技、【座標移動】。
転移スキルは、スキル使用者が想定した場所へと転移する物。
座標移動は、対象(自分以外)を別の場所(座標)へと移動させる。
これを使った戦闘方法もあるんだけど……問題が一つある。
「わわ、わー! せ、セントリアさんっ! ふ、服着てぇ……!」
……そう。
接地しているアイテム全部が、飛んでいってしまう。
つまり、わたしが身につけてるお洋服もまた、転移してしまうのだ。
つまり全裸なのである、わたし……。
エルメルマータが身につけているマントを、わたしに着せる。
「ありがとう」
「無茶しすぎですよぉ……」
「こんなの無茶でも何でもないですよ」
誰も怪我してないし。
単にその……わたしが恥ずかしい思いをするだけで。
「セントリアさんは女の子なんですからぁ! そんな無茶はしちゃめっ、ですよぉ。めっ!」
「…………」
……そんな風に、わたしを叱ってくれる人、こっちに来てから一人もいなかったな。
別にしかってほしいみたいな、ドエムじゃあないんだけど。
でも……
「ありがとう、エルさん。うれしいです」
お叱りのなかに、わたしへの気遣いが感じられた。
ちゃんと、わたしのことを心配してくれて居るってわかって、それがうれしかった。
「ま、まさか……セントリアさん、叱られて喜んじゃうような、曲がった性癖の人ですぅ~?」
「…………」
思いって、本当に上手く伝わらないんだな……。
「さ、あとは簡単です。【採掘】」
巨大湖の跡地に、採掘スキルを発動。
地中から、神の力が入り交じった温泉が噴き出す。
「あっと言うまに、こんな巨大な温泉ができちゃうなんて……すごい……」
一郎が感心してるそばで、わたしは小さくまとめた、結界を解除。
たくさんの、横濱のひとたちが、空からこの巨大スパめがけて落ちてくる。
「あれ……?」「ここはどこ……?」「おれたちは一体なにを……?」
よし、若返りの湯が問題なく発動してる。
横濱の人たちを全員入れても、お湯は溢れることはない。
想定通り。
「セントリアさんセントリアさん」
ちょんちょん、とエルメルマータがわたしの肩を突く。
「ここの人たちに事情を話すのは、えるに任せてぇ、着替えに帰ってくださいですぅ」
……エルメルマータ、ちょっとアホなとこあるけど、気遣いのできる、優しい女性だ。
【びにちる】本編では、冷徹なスナイパーだったけど……。
こっちが、彼女の本来のキャラなのかもしれない。
辛い目にあったせいで、ゆがんでしまった結果が、【びにちる】のエルメルマータなのかもしれない。
人生って、本当にちょっとの選択肢で、大きく変わってしまうんだな。
「……そうですね。では、お言葉に甘えて」
わたしは一度、古城へと転移するのだった。




