第51話 またしてもネームドキャラ
領主の古城へと、土地瞬間移動を使って移動した。
この場にはわたし、ルシウムさま、エルメルマータがいる。
応接間には、少年、そして鬼の少女が眠った状態で横になっている。
彼女の体は現在、鎖で拘束され、動けないでいる。
ルシウムさまは少年に言う。
「まずは自己紹介を。私はルシウム・ケミスト。こちらは妻のセントリア。君は?」
「ぼくは【一条 一郎】って言います」
「……っ」
一条一郎……って。
「もしかして……極東ヒノコクから来たんですか?」
「えっ? あ、はい。そうです。よく知ってましたね」
……知ってるに決まっている。
「妹は【一条 二葉】って言います」
……やっぱりこの子は……【びにちる】の名前持ちキャラだ。
主人公が仲間にする、キャラクターの一人であり……。
この後、悲劇に見舞われる子だ。
「イチロウくん、だったね。君は人間のようだけど……。妹は、どうしてあんな風になってしまったんだい?」
一郎くんが語ったのは、こんな内容だった。
極東ヒノコクとは、ここから遙か東にある小さな島国。
そこでは鬼族と呼ばれる、バケモノが存在する。
鬼族に噛まれると、同じく、鬼族になってしまう。
そして鬼族になると、凶暴性が増し、人を食らうようになる……。
「ぼくは、鬼族になってしまった妹を元に戻すために、聖女さまに会いに来たんです」
聖女……つまり、コビゥルのことだ。
「聖女様は不思議なお力を使えるって聞きました。もしかしたら、妹を元に戻せるかと……」
「戻せません」
言うか、言うまいか、迷わなかった。
なぜならわたしはこのこたちの未来を知っているからだ。
「戻せない……?」
「はい。断言します。聖女コビゥルに頼っても、鬼化は、元に戻せないです」
ゲームでこの先の展開を知ってるから、と言っても、彼は信じないだろう。
だから、どうしてコビゥルでは、二葉の吸血鬼化を直せないのかを説明する。
「聖女ができるのは、治癒、結界、浄化。この三つです。治癒は傷を癒やす、結界は攻撃を防ぐ、そして……浄化は呪いや毒を消すことができる」
「じゃ、じゃあ……鬼化も、浄化スキルでなんとか治せるんじゃ……?」
「それが、治せないんです」
一郎の顔から血の気が引く。
「鬼化は、あくまで肉体・体質の変化であって、状態異常ではないのです。だから、状態異常を治す浄化スキルでは、治せません」
……それどころか。
「聖女の魔力は、鬼を滅する力。妹さんにスキルを使えば、殺してしまうことになります」
「そ、んなぁ……」
一郎は力なくうなだれる。
唯一治せると思っていた手段がたたれたのだ、絶望するのは、しょうがない。
「でも、セントリアさん。どうして……もがもが……」
ルシウムさまがエルメルマータの口を塞ぐ。
彼女も、そしてルシウムさまも、こう思っているのだろう。
どうして、ソンなことを知ってるのかと。聖女でもない、このわたしが。
……【びにちる】本編で、そのイベントを、見たからだ。
ゲームでも、主人公の前に、この一条兄妹が現れた。
そこで、主人公は治すか、治さないかの二択を迫られる。
治すを選択すると、妹は消滅する。
治さないを選択すると、兄が妹に食われる。という……どちらを選んでも、どちらかが不幸になるクソイベントだ。
わたしも、やってて凄く気分が悪くなった。
結局、治すを選択せざるを得ない。
治せば、妹は死ぬけど、一郎が仲間になる。治さなかったら、一郎は仲間にならないし、妹は鬼となってその後行方不明となるからだ。
「ぼく……どうすれば……」
また主人公の代わりに、わたしが名前持ちと関わっている。
本編とは関わらないと決めたのに……次から次に。
「セントリアさん」
ルシウムさまがわたしを見てくる。
「お願いします。どうか、この子達を助ける方法を、教えてくれませんか?」
……どちらか一方ではなく、どちらも救う方法を、わたしが知ってると、ルシウムさまは思ってるのだろう。
……事実、わたしには、一つの仮説を持っていた。
それを実行すれば、二人の運命を救うことができるかもしれない。
……ルシウムさまが、望んでいるのだ。
なら、領主の妻であるわたしは、その望みに応えるまで。
「一郎さん。わたしに、妹を任せていただけないでしょうか? 鬼化を、解除するアイディアがあります」
「ほ、ほんとですかっ?」
「はい。ただ、仮説なので、上手く行くかどうかは……」
「お願いします! 妹を……助けてください……!」
……こんな得体の知らない女の、怪しげなアイディアを採用するなんて。
よっぽど、彼は追い詰められているんだろう。
「わかりました。では……この子を温泉へ連れて行きます」
「は……? へ……? お、おん……せん……?」
一郎は目を丸くしてる。
残りのメンツも、戸惑っているようだった。
「なるほど、解呪の湯に入れるのですね。皇妃さまを治した時みたいに」
ルシウムさまの発言に、わたしは首を横に振って否定する。
「いえ、解呪では鬼化は治りません。状態異常ではないので」
「では……どうして温泉に……?」
そのときだ。
ばきぃい! と何かが壊れる音がした。
「二葉……!」
二葉を縛っていた鎖が、壊れたのである。彼女が目を覚まし、拘束を解いたのだ。
わたしはすぐさま麻酔銃で、彼女を眠らせようとする。
ズガンッ……!
だが……二葉は銃弾の軌道を完璧に見切って、回避していた。
一度、銃での攻撃を見せてるから、動きを読まれてしまったのだろう。
「ガァアアアアアアアアアアアアア!」
「駄目だ! 二葉! 攻撃するな! 二葉ぁ……!」
二葉がわたしに襲いかかってくる。
ズドドンッ……!
どさりっ……!
「あぶなかったですぅ~」
エルメルマータが弓を構えた状態で、安堵の息をつく。
倒れる妹のもとへ、一郎が駆けつける。
「二葉!? 大丈夫か!?」
「大丈夫ですよぉ~。急所は全部外したので」
確かに二葉に外傷は見られない。
「いったい、お姉さん何をしたんですか……?」
「ふぇ? 二葉ちゃんに魔法矢を当てただけですよぉ?」
「は、早すぎて……全然見えなかった……すごい……」
エルメルマータは急所をあえて全部外し、魔法矢で狙撃したのだ。
目にも留まらぬ速さで、凄まじい正確な狙撃を。
「助けてくれてありがとう、エルさん」
「いやぁ、セントリアさんにはお世話になってるんでぇ。助けるのは当然ですよぉ~」
……二葉が気を失っている。今が、好機。
「すぐに温泉へ運びましょう」




