第50話 鬼の兄妹
ある日のことだ。
「ぼへえ~……つかれたぁ~……」
エルメルマータが、衛兵を連れて、森から戻ってきた。
「お疲れ様です」
「はえ? セントリアさん。どうしてここに?」
エルメルマータたちの背後から、一人の、美しい美青年が歩いてきた。
「ルシウムさま。お帰りなさい」
「ただいま、セントリアさん」
ルシウムさまも、彼女らと一緒に森で魔物狩りをしていたのだ。
「あ~……うふふ、あついですねぇ~♡」
エルメルマータがニヨニヨと笑いながら、近づいてくる。
「愛しの彼をお出迎えしてたんですねぇ~……」
「妻が夫を出迎えるのは普通でしょ?」
「そ、そうですけどぉ~……。ちぇー、もっと照れてもいいのに~」
今回の魔物狩りは、ルシウムさま、エルメルマータ、その他衛兵数名で行ったのだ。
昼から、日が暮れるまで。
ややあって。
わたしたちは公衆浴場へと向かう。
露天風呂で汗を流して、脱衣所へ戻ってくる。
「さ゛い゛こ゛ぉ゛お゛~~~~~~~~~~~~~~♡」
エルメルマータは椅子に座って、とろけた表情をしてる。
彼女が座っているのは、マッサージチェアだ。
現代日本にあるようなタイプのものである。
「さいきんのえるはぁ~♡ このもみもみ椅子がトレンドですうぅう~♡」
わたしも隣に座る。
お金を入れると、動き出すのだ。それこそ、現代にあるマッサージチェアのように。
「こんな半端ない魔道具、どこで手に入れたんですぅ~?」
「魔道具じゃあないですよ。土木建築スキルで作ったんです」
マッサージチェアつきの温泉をね。
神の力を使い、スキルレベルを上げた結果、こうして現代の便利アイテムも作れるし、運用できるようになったのである。
(土木建築で作った建物内なら、家電は電力を使わずに動く)
「あ゛~~~~~~~~~~~~疲れがとれていくのです~~~~~~~~~~~~~♡」
……疲れ、か。
この子は毎日温泉に入ってる。
「ごめんなさいね、エルさん。貴女に負担かけちゃって」
現状、この領地で最も魔物狩りが上手いのはエルメルマータだ。
彼女は優秀な狩人ではない。
超、優秀な狩人だった。
地形を見極め、敵に気づかれること無く近づく、一撃で敵を葬り去る。
そんな超優秀狩人のエルメルマータは、一人しか居ない。
うちの衛兵達は、温泉パワーで強くはなってるけど、しかし森での魔物狩りがエルメルマータほど上手くはない。
結果、エルメルマータには毎日、魔物狩りに行って貰っているのだ。
「えるが居ない時ってどうしてたんですかぁ?」
「……ルシウムさまが、今以上に頑張っていました」
エルメルマータの次に魔物狩りがうまい、(森での戦闘が上手い)のは、ルシウムさまである。
……ケミスト領の衛兵たちは確かに強くはある。長年領地を守ってきただけある。
……でも彼らが得意なのは守りであって、狩りではないのだ。
「うへー……。領主自ら剣をもって、森に入ってたんですかぁ~……そりゃあ……ちょっと……」
エルメルマータが言葉を濁す。わかっている。それが、良いこととは決して思えないって。
「人手不足ですからね、この領地」
エルメルマータが仲間に加わり、ルシウムさまへの負担は軽減された。
けれど、まだ彼が直接現場に出なければ、魔物狩りシフトが回っていかないのが現状である。
「フェンリルさまは手伝ってくれないんですかぁ?」
「はい。プライド高いので、あの子……」
たまにふらっと、気まぐれで森に入ってくれることはある。
でも、雑魚魔物の狩りは決してしてくれないのだ。自分の格を落とすとかなんとか。
「…………」
わたしはちら、と壁の向こうを見やる。
ルシウムさまは今温泉に浸かっているのだろう。
……体は若返ったとはいえ、彼は60のおじいちゃんだ。
そんな彼が、今もなお、前線で剣を持たねばならない。
その状況が……わたしはとても、歯がゆく思うのだ。
「愛しい彼の負担を減らしたいんですねぇ~♡ 愛ですねぇ~♡ うらやましいぃ~」
人材不足。これを、なんとか解決したい。
「こぉんな素敵な温泉があるんだから、もっとたくさん人が来れば良いのに~」
「まあ、人は来るんですよ。貴族のご令嬢ばかりですが」
「ああー……戦力には、なりませんねぇ~……」
レイネシア皇女のお友達は、たくさん来るようにはなった。
でも令嬢たちは戦う力を持ち合わせてはないし、ここに移住してくれるわけでもない。
彼女ら以外の人たちに、ここの良さを知って欲しい……。
でも、この【びにちる】世界には、現実と違ってネットも電話もないうえ、SNSもない。
良さを、広める手段がないのだ。
「大丈夫ですよぉ、ここは本当に素敵な場所なんで。きっといつか、たくさんの人が来るようになりますよぉ~♡」
ややあって。
わたしたちは外に出る。
「あれ? ルシウムさまは……?」
いつもなら公衆浴場の入り口で待ってるんだけども……。
「嬢ちゃん! 大変だ!」
アインス村長が急ぎ足でわたしに近づいてきた。
……とても嫌な予感がする。
「鬼だ! 人食い鬼が出たんだ……!」
【びにちる】で人食いの鬼といえば……。鬼族のことだろう。
「鬼族は今どこに?」
「村の入り口だ! ルシウムが対処してる! が、一人じゃどうにもならねえんだ!」
それだけ聞いたわたしは、土地瞬間移動で村の入り口へと転移する。
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ルシウムさまが、一人の、小柄な女の子と相対してる。
だがその女の子の額からは、1本のツノが生えている。
目は真っ赤に染まり、瞳孔は縦に割れている。
そして、鋭く伸びた犬歯が二本、覗いている。
アレが……鬼族。
ルシウムさまは今、鬼族の少女と戦っている最中だ。
「おねがいします! 妹を、殺さないでください……!」
ルシウムさまたちから離れたところに、一人の少年がいた。
少年は衛兵達に、上から押さえつけられている。
「妹は悪い子じゃあないんだ! お願いします! 殺さないで……!」
少年は、見たところ完全に人間だ。
一方彼が妹と呼んでいるのは……もしかして、ルシウムさまが戦っている、あの鬼族……?
鬼と少年は、兄妹なの……?
「セントリアさん。助かった。この鬼族の子を……」
もしや、ルシウムさま。
この鬼族の子を殺すのを手伝えと……。
「気絶させるのを、手伝ってください……!」
ああ、やっぱりそうだよね。
彼は……優しい人だもの。
たとえ人食いの鬼族が相手だろうと、情けをかける。そんな人だから……わたしは……。
拳銃を取り出し、弾を込める。
そして構えて、鬼の少女へ向けて撃つ。
ズガンッ……!
「ガッ……!」
鬼少女は体を硬直させると、その場に崩れ落ちる。
「大丈夫ですよ、少年。妹は死んでません」
「で、でも……妹は倒れて……」
「麻酔銃です。眠ってるだけです」
「…………………………よかったぁ」
少年がグスグスと涙を流すのだった。




