第35話 皇子を治療する
……コビゥルは、転生者だ。
わたしは今の彼女のセリフで、確信を得た。
主人公コビゥルが、森の賢狼フェンリルと契約する。
それは、この【びにちる】というゲームの中での展開だ。
それを知ってる、ということはつまり、ゲームを知るもの。
……わたしがセントリア・ドロに転生したように、コビゥルに転生した女。
それが、目の前に居るコビゥルの正体だ。
……まあ、今はそんなのどうでもいい。同郷だろうが、どうでもいい。それより……。
「トリムさま! 皇帝は……」
「大丈夫だ。だが……」
わたしはトリムたちのもとへと向かう。
皇帝陛下は、無事のようだ。けど……。
「うぅ……」
「イセルス皇子殿下……」
イセルス=ディ=マデューカス。
マデューカス帝国第一皇子にして、【びにちる】のヒーローの一人だ。
王立学園に、交換留学生として通っていたはず。
でも卒業と同時に、こっちに帰っていたんだ……。
「イセルスぅううう! あたしのイセルスがぁああああああ! 胸から血がでてるぅうううううううう!」
……と、叫ぶコビゥル(の転生者。もう以下コビゥルでいいや)。
イセルス皇子の胸のあたりにナイフが刺さり、大量の血が漏れている。
トリムが青い顔をしていう。
「下手人が皇帝陛下を刺そうとしたんだ」
「それをイセルスさまが庇ったと」
状況は理解した。
「だ、大丈夫よイセルス! あんたを死なせないわ!」
コビゥルが自信たっぷりに言う。
まあ、そうだろう。
「あたしは聖女! 聖女スキルの一つ……治癒で、あんたの傷なんてすぐに治しちゃうんだから!」
コビゥルが自信満々に言う。
確かに、主人公は聖女。彼女には治癒のスキルがある。
確かにこの場において、治癒師を呼んでくるよりも、コビゥルが治癒スキルで治すのが一番早いか。
いちおう、わたしにも治癒の手段はあるが。
「そなたは聖女であったか。頼む!」
皇帝陛下が頭を下げる。
「息子を救ってくれ!」
「任せなさい! この聖女さまが、絶対、確実に、イセルスを治してみせるわ! だから大船に乗った気でいなさい!」
……無駄口を叩いてる暇があったら、早く治せ……という言葉は飲み込んだ。
お手並み拝見といこう。
コビゥルはナイフを引き抜いた。……? 嘘でしょ?
ぶしゅぅうううう! と勢いよく血が噴き出す。
「お、おい大丈夫なのか!?」
とトリムが叫ぶ。
「大丈夫ですわ、トリムさま! あたしの治癒スキルがあれば……こんな傷! すぐに治りますので!」
コビゥルが治癒スキルを発動させる。
……緑色の淡い光が発生する。
治癒スキル。相手を治癒する、聖女が持つスキルだ。
治癒魔法との最大の違いは、発動までの時間の短さ。
治癒魔法の詠唱時間は長い。しかもMPの消費量も多い。
一方で、治癒スキルはコマンド入力ひとつで発動する。
使用には回数制限があるものの、MPを消費せずに発動できてかなり便利ではある。
……しかし、欠点がないわけではない。
「お、おい! 血が止まらないぞ!」
「あ、あれあれ……? おかしいな……治癒スキル、ちゃんと発動してるはずなのに……」
コビゥルが真っ青な顔でつぶやく。
「おい! なにボサッとしてる! 早く治せ!」
「な、治したわよ! でも……傷口が塞がらない……どうして……? あたしは聖女なのに……」
「くそ! おまえがナイフを抜いたせいで! このままじゃ大量出血で死ぬ! おまえのせいだ!」
トリムに叱責され、コビゥルがガタガタと振るえてる。
もう見てられない。
「どいて」
「セントリア……」
わたしはポーチから、小瓶を取り出す。本当は、こんな大勢の前で使いたくなかったけど……。
仕方ない。わたしは小瓶のふたをとって、中身を、イセルスにぶっかける。
シュゥウウウウ……。
「!? き、傷がみるみるうちに塞がっていくですってぇ!?」
コビゥルが驚愕している。
自分が治せなかった傷を、わたしが治したから、驚いてるのだろう。
「す、すげえ……」「聖女様でもなおせなかった深い傷が、治っていく……」「いったい、なんだあれは……?」
イセルスの傷口はあっという間に塞がった。
「あとは輸血してあげてください。トリムさま、医務室に運んでください」
「わかった!」
トリムはイセルスを抱きかかえて、立ち去る。
「やはり君は凄いな、セントリア!」
そう言って彼は立ち去っていった。
……さて。
「他にけが人はいらっしゃいますか?」
「ちょ、ちょっと待って! 待ちなさいよ!」
……コビゥル(の中の人)がわたしを止めてくる。
「何いまの!? 完全回復薬!?」
「あなたには関係ないでしょ?」
「おおありよ! どうして聖女が治せない傷を、あんたが治せたのよ!?」
「……はぁ」
ため息しか出ない。
この人……このゲームやらなすぎでしょ……。
「どうして、ねえ!?」
「あなたが怪我を治せなかったのは、単に、あなたのスキルレベルが低かったのが原因ですよ」
「すきるれべる……? スキルにレベルなんて存在するの……?」
……そこからか。
治癒スキルも、スキルの一つだ。使用すればするほど強くなれる。
……裏を返すと、使用しなかったらスキルは弱いままだ。
たとえ、強スキルだったとしても。
「あんた、ゲーム舐めすぎ」
「はぁ!? あたしを誰だと思ってるの!? 悪役令嬢のくせに! 主人公に楯突いてるんじゃあないわ!」
……もしかして、だけど。
この女、わたしが自分と同じ転生者だって……気づいていない……?
「誰かこいつを引っ捕らえて! こいつは聖女を侮辱したわ! もう捕まえて! 死刑にしてよ死刑に!」
コビゥルが叫ぶも、だれも彼女に従おうとしない。
それどころか、冷めた目で彼女を見ている。
『ねーえ、セントリア。あっちで血のにおいするんだけど?』
ふぇる子が鼻であさっての方向を指す。
「ありがと。他に怪我してるひとがいたら、わたしのもとへ来てください!」
わたしが言うと、周りの人たちが動き出す。
「コビゥルもボサッとしてないで、軽傷者の手当てをしてください。それくらいできるでしょ?」
「はぁ? なんなのよ、ヒーローでもないモブを、助ける必要なんてないでしょ」
……はぁ。こいつは、もういい。当てにしない。
彼女を無視して、わたしはけが人の手当に向かう。
と言っても、傷が治る温泉をぶっかけるだけだ。
ストックを持ってきておいて良かった。
治療はあっという間に終わった。
そもそも、わたしの活躍で、被害は最小限に抑えられていたし。
すぐに犯人達は捕まり、けが人は全員治療完了。
結局重傷者はイセルスさまくらいしかいなかった。
ある程度、片が付いた後、皇帝陛下が言う。
「ありがとう、セントリア嬢。本当に、助かった」
「貴族の令嬢として、当然のことをしたまでです」
「うむ……強いし決断力、判断力もある。おまけに治癒の力まで持ってるとは。おぬしが聖女なのではないか……? そこの女と違い……」
皇帝陛下がコビゥルに蔑んだ目を向けている。
他の貴族達も、役立たずだったコビゥルに向かって、冷ややかな目線を向けていた。
「な、なによ……なによ! その目! あ、あたしは聖女なんだぞ、この世界の主役なんだぞぉ!?」
……だが、誰も彼女の言葉を信じない。
それはそうだ。いきなり自分が主人公だとか言い出したら、頭のオカシイやつとしか思われないだろう。
哀れと、思いもしない。わたしが思うのはただ一つ。
あんた、ゲーム舐めすぎ……と。
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