第2話 辺境の地で領主と会う
パーティの後、わたしは荷物をまとめて、ケミスト領へと向かった。
ここはゲータ・ニィガ王国の東の端に位置する。
その隣には、【奈落の森】とよばれる、魔物がうろつくヤバい森が広がっている。
ケミスト辺境伯は、その魔物が王国に入ってこないように、守護し続けているのだ。
辺境伯さまのお名前は【ルシウム・ケミスト】さまという。
御年、60歳。
ここは、現代日本ではない。中世ヨーロッパ(風)の世界だ。
人の命が、現代よりも軽い世界で、60歳はもうお爺ちゃんなのだ。
15で成人するような世界だしね。
そんなお爺さんである、ルシウムさまには、奥様が居た。
けれど、だいぶ早くに亡くなられてしまったようである。
ルシウムさまには一人娘が居る。
けれど、この世界、女児では家を継げないのだ。
結果、ルシウム様は今日までお一人で、60になった今も、領地と領民、そしてこの国の民を守ってるのである。
……うん。普通に、立派な人だ。
それが、今のこの【わたし】がルシウムさまに抱いてる印象である。
……でも原作セントリアは、そうは思わなかったんだろうなぁ。
まあ、わからなくもない。貴族のきらびやかな世界から一点、ど田舎の、見知らぬおじいちゃんと結婚しろ、だなんて命令されちゃあね……。
☆
「お初にお目に掛かります。セントリア・ドロと申します。これから、どうぞよろしくお願いします」
ケミスト領の、領主の古城。領主の執務室。
わたしの目の前には、白髪の、優しそうなお爺さんがいた。
確かに、顔にはシワが刻まれてる。けれど、髪はふさふさ。身長も高い。
まあ、さすがに加齢の影響か、腰は曲がってるけれども。
でも、うわさの悪女が、ここへ来ても、全然嫌な顔をしてこなかった。
むしろ、笑顔で「初めまして、お嬢さん。遠くまで来てくれて、ありがとう」と言ってきてくれた。
いいお爺ちゃんである。
「…………」
そんなルシウムさまは、わたしが頭を下げると、目を丸くしていらした。
「あら、どうなさったのですか、ルシウムさま?」
「ああ、これは失敬。私は、てっきり貴女は、ここに来るのが不服だと思っていたのでね」
なるほど……。
原作のセントリアなら、ここで「別に来たくてきたわけじゃあない」だの、「こんなじじいがわたくしの旦那ですって!? 最悪」だのと、ルシウムさまを罵っていただろう。
だから、実物を見て、予想に反したリアクションだったから、驚いてるようだ。
「不服なんてとんでもありませんわ。自然がたくさんで、いいところですね」
うん、ほんとのどかで良いところなのだ。ケミスト領。
隣に、奈落の森なんていう、物騒な場所があるから、てっきりもっと殺伐とした雰囲気をしてるのかと思ったのだけど。
でも、領民達はみな笑顔で、会う人会う人、「こんにちはー」と挨拶をしてくるのだ。
「ルシウムさまたちが、日々領民たちのために、働いておられるおかげでしょうね」
「…………」
ルシウムさまは目を大きくむいて、けれど、嬉しそうに笑う。
「ありがとう、お嬢さん。それと……本当に申し訳ないね。こんなお爺ちゃんと、結婚する羽目になって」
「いえいえ」
「安心しておくれ。君に、妻としての仕事をしてもらいたいとは思っていないから」
「あら、そうなんです?」
「ああ。私はもう歳だ。まもなく死ぬ。そうすれば、この地には新しい領主が来るだろう」
……話しぶりから察するに、今からわたしと子供を作って、育て、領主に据える、という気はないようだ。
「確か、お孫さまがいらっしゃるとうかがっていたのですが」
ルシウムさまには、その一人娘が産んだ子供……。
つまり、孫がいるのだ。しかも、男の子。
その子に家を継がせればいい。
「【トリム】は、いま、自分のやりたいことをしているんだ」
トリムっていうのが、ルシウムさまのお孫さまのお名前らしい。
びにちるで、その名前を聞いたことないな。
「トリムは今、帝国で宮廷魔導士をしている。昔から、宮廷で働きたいといっていたからね。その夢がやっと叶ったというのに、田舎に連れ戻すわけにはいかないよ」
「なるほど……」
孫はいるけど、孫に申し訳ないから、継がせるつもりはないということか。
「もうしばらく、我慢して欲しい。まもなく私は死ぬ。私が死ねば、君は自由だ。ここを出て、新しい人生を送るといい。私の遺産を使ってね」
「…………」
どうしよう……。普通に、いい人だ。
こんないい人が、もうすぐ死ぬなんて……。
「侍女に部屋を案内させよう。悪いが、私は動けなくてね」
「足が悪いんですか?」
「というより、腰、かな。最近腰を悪くしてね。医者が言うには、そのうち体が完全に動かなくなってしまうだろうと」
ヘルニア的なものを、抱えてるのだろう。
……可哀想に。
お爺ちゃんは、私に優しくしてくれる。
生きてる間も自由にしてくれていいというし、死んだ後も自由にしていいという。
……60まで頑張って働いてる、働き者で、優しいお爺ちゃんが。
このままヘルニアで、動けなくなって、死ぬ。そんな姿を……横でぼけっと見てるのは、なんだか嫌だ。
……私はお爺ちゃんおばあちゃん子だったりする。
両親が共働きで、いつも祖父母の家に預けられていたのだ。
だからだろう、お年寄りには、優しくしてあげたいのである。