第15話 回復の温泉を作る
わたしと領主の孫トリムは、奈落の森を進んでいく。
目的は二つ。
素材の回収、そして、【あれ】の暴走を止めること。
「あの……トリムさま。そうじろじろと見ないでください」
トリムはわたしの側にいる。あれだけ、戦闘能力の高さを見せつけたのだ、こいつはだれだと、不信感を抱くだろう。
けれど、彼はわたしから距離を取るようなことはしない。
わたしは、怪しい。けれど、悪意や害意がない、と理解なさってるんだろう(もしもあるなら助けないだろうし)。
「ふん……。それで、素材回収を行うんだったか?」
「はい。と、その前に……トリム様の怪我を治さないと」
「怪我? ああ……僕の足のことか」
「ですです。先ほどの、黒猪との戦闘で、負傷した足のことです」
トリムは敵の攻撃を飛んで避けた。けれど、攻撃が足をかすめて、出血してるのだ。
結構、ざっくりやられてる。
今すぐ治さないと死ぬというレベルではない……が。ほっとくと失血多量で死んでしまうだろう。
「トリムさまは治癒魔法は?」
「使えないよ」
【びにちる】では、魔法の中でも、治癒魔法の使い手は少ない。
特別な才能……魔法適正スキルが必要となる。かなりレアなスキルだ。
優秀な魔法使い(魔法職)でも、持ってない人のほうが多い。
「こういうときのために、治癒のポーションは持ち歩いてる」
「それは重畳。ですが、もっとピンチのときに使ってくださいませ」
「? 君は治癒魔法が使えるのかい?」
「いいえ、魔法も、治癒のポーションもありません」
「はぁ? なら、どうやって傷を癒やすというのだ?」
「温泉を作ります」
「は……?」
呆然とするトリムを余所に、わたしは周囲を見渡す。
温泉を作るなら、木の生えてないところがいい。
だがこの深い森に、そんな都合の良い場所なんてない。
ならば、作るしかないな。
わたしは地面に手を置いて、スキルを発動させる。
「【整地】」
瞬間、わたしの正面の地面に、光り輝く正方形が出現する。
これが効果範囲だ。
スキルを発動させる。その正方形内にあったものが、すべて、消える。あとにはよくならされた、地面ができあがった。
「は!? き、木は!? 木は何処へいったんだ!?」
「消えました」
「消えた!? そ、それはまさか……古代魔法が一つ、【虚無】か!?」
虚無の魔法。それは、範囲内にあるものを、虚空の彼方へと吹き飛ばす、という超レア古代魔法だ。
虚無は【びにちる】でもかなり上位の攻撃スキル、ないし魔法である。これの習得は不可能。
唯一、虚無を継承する血族だけが使える、というのが公式設定だ。
「いいえ、土地神の加護の力、【整地】スキルです。決められた範囲内のものを消し飛ばす力があります。無生物に限りますが」
【びにちる】には野菜などを育てる要素がある。その際に、この整地スキルはとても役に立つ。
「な、なるほど……。しかし、虚無に近い力ではあるんだな」
「まあ。しかし虚無は生物、無生物関係なく消し飛ばすでしょう? こっちはその下位互換とも言える力です」
「………………」
トリムが黙りこくってしまう。……ふむ。恐らく、元悪役令嬢がどうして、そこまで詳しく、魔法について知ってるのか。
疑問に思ってるんだろう。
……ますますわたしへの疑念が深まってるような。
難しいな、人から信用を勝ち取るというのは。
とはいえ、わたしはわたしにできることをするだけ。
整地後、わたしは採掘スキルを使う。
神の力を地中から引き出し、小さな温泉を作り上げた。
と言っても、湯船等は作らず、ただ穴を掘って温泉を用意しただけ。端から見れば、ただの水たまりに見えなくもない。
「さ、こちらに」
「あ、ああ……。一体何の温泉なのだ?」
「若返り温泉ですよ」
「僕は別に若返りたいわけじゃあないぞ」
「わかっております。でも、どうぞ」
トリムはわたしに疑いのまなざしを向けなっがら、言うとおりにする。
……全く信頼してない、ってわけじゃあないみたいだ。
トリムは靴を脱いで、ズボンをたくしあげ、足をツッコむ。
その瞬間……。
しゅぉんっ……! と彼の怪我をした箇所が光り出す。
深い切り傷が、まるで時間を巻き戻すかのごとく、治っていく。
「なにぃいい……!?」
トリムが足を湯船から引き抜いて、つぶさに見やる。
「な、んて……ことだ。傷跡一つ残っていない! 完璧に傷が治ってるだと!?」
よし、狙い通り上手く行った。調整バッチリ。
「な、何をしたんだいったい!?」
「だから、若返りの温泉の力を使ったんですよ」
「しかしあれは歳を若返らせるんじゃあ?」
「そうです。それって、つまり肉体の時間を巻き戻すことと同義じゃあないです?」
「まあ、確かに……。はっ! ま、まさか……そんな……」
どうやらトリムも察しが付いたようだ。
「この温泉は、【怪我する前】まで時間を戻してる、ということなのか?」
「その通りです」
戻る時間を調整して、怪我する前まで戻す。結果、肉体は再生する、という理屈だ。
「これぞ回復の泉ならぬ、【回復温泉】です」
「入るだけで怪我が一瞬で治る温泉か……。しかも、コスト実質ゼロで、傷を完璧にするなんて……まるで完全回復薬じゃあないか」
完全回復薬。
【びにちる】の超レアアイテムの一つだ。市場には出回っていない。自分でアイテム、世界樹の雫から生成するしか手に入れる手段はない。
売ると、家が一つ買えるくらいの、とんでもないレアアイテム。それが完全回復薬だ。
確かに、回復温泉は、それと同じ、ドンナ怪我も瞬時に治す効果がある。
「コストゼロで完全回復薬を作れるようなものだぞ!? 凄すぎるだろ……!」
「そうですね」
「そうですねって……なんでそんな感動が薄いのだ?」
「まあ、こうなるように計算して作ったんで」
トリムが複雑そうな顔をする。
一瞬切れかけていたけど、すぐに冷静になり、そして大きくため息をつく。
「正直、わたしのこと、オカシナ女だとお思いですよね?」
「そうだな」
はっきり肯定されてしまった。まあしょうがない。
「でも、信じて欲しいのです。わたしは、あなたのお爺さまの味方です」
わたしの行動は、ケミスト領、もっと言えば領主であるルシウムさまのためだ。
元悪役令嬢の妻を、嫌な顔を一つせず、受け入れてくれた。あの優しいお爺ちゃんのためにやってる。
「……それはわかってるし、十分、伝わってるよ」
はぁ……とトリムがため息をつく。
「君みたいな凄い人が、こんななんにもない田舎にいることが、不思議なんだ」
「あら、何も不思議ではないでしょう?」
「なに?」
わたしはフフッ、と笑って言う。
「実は有能な人材が、無能の不興を買って、追い出される。そんなの、どこでも行われてるでしょう?」
婚約破棄だったり、追放だったり。
創作物の中だけではなく、現実でも、それは頻繁に起こってることだ。
ポカン……としていたトリムも、ぷっ、と吹き出す。
「ははっ。確かにね」
「なんだ、笑うと可愛いですね」
「なっ!? か、可愛いだと!?」
かぁ……とトリムが顔を真っ赤にする。
「先に進みましょうか」
「ふ、ふん! ぼ、僕はこんな、ちょっと褒められたくらいで、君に惚れるなんてことはないからな! チョロい男じゃあないんだからな!」
「はいはい」
「勘違するなよな!」
「わかってますって」
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