報酬
東都の壊れた建物を直して回るのに、そんなに時間はかからなかった。
愛の力でパワーアップしているため、スキルの効果範囲も広くなっていたこと、そして何より、直哉を結界内で倒せたことが大きい。
修復を終えたわたしは、白王女とともに、城へと戻ってきた。
そして、城の天守閣へとやってくる。
上座に座っていたのは、極東のお偉いさんたち。
白夜様が、わたしに向かって深々と頭を下げる。
「この度は、本当にありがとうございました」
「気にしないでください。わたしがやりたくてやったことです」
「そうはいきません、西方の聖女様」
……今後は、その名前で通されるらしい。
まあ、天使様と呼ばれるよりはマシか。
「貴女に対して、極東は報いたい。二つほど、ご提案をさせていただきたい」
「提案……?」
なんだろうか……。
白夜様がうなずくと、側近の方が巻物を差し出してくる。
「目を通しても?」
「もちろん」
「では……拝見させていただきます」
……巻物には、簡単に言えば、極東とケミスト領の間に友好条約を結びたい旨が記されていた。
何かあったときには人員を派遣してくれる。特産品は割高で買い取ってくれる。などなど――。
そして、有事の際には、極東ヒノコクの名のもとに、ケミスト領とその民を保護するとのこと。
しかも、見返りはゼロ。
「あの……どう見ても、わたしたちにとって都合の良い……良すぎるような内容なのですが……」
「ええ、承知しています」
「……友好条約というわりに、こちらが差し出すものも特に書かれていないようですが」
「貴女と友好的な関係でいられること。それ自体が、我々にとって十分すぎる価値なのです」
……まあ、客観的に見れば、西方の聖女は、極東の人たちからすれば救世主的存在だ(自分で言うのは恥ずかしいけれど)。
救世主がそばにいる――それによって、極東の人々は精神的な安寧を得られる。
この地に発生する妖魔は、人の負の感情から生まれるもの。
裏を返せば、精神が安定していれば、妖魔の発生を抑えることができる。
理屈は通っている……か。
不均衡な関係は争いの火種にもなるけれど、この提案はむしろ理にかなっていた。
領主であるルシウムにも条文を見せると、彼は一読して、こくんとうなずく。
「わかりました。この条約を結びましょう」
「ありがとうございます。貴女が聡明な方で良かった」
この人は、ちゃんと極東の未来を見据え、わたしとの協力関係を提案してきた。
視野の広い人だ。
「それで、もう一つの提案というのは?」
「親善大使として、白を貴女の領地においていただきたいのです」
「白王女を……ですか?」
はい、と白夜様がうなずく。
たしかに、条約を結んだのなら、親善大使を置くのはごく自然な流れだ。
「白王女は、符術を習得しております」
「! なるほど……」
符術。つまり、転移の呪符を彼女が作れるということ。
「きっと、貴女の役に立つはずです」
「……お心遣い、感謝いたします。わたしたちとしては願ってもない話です」
転移の呪符は基本的に使い切りだ。
補充するには、時間も労力もかかる。
一方で、白王女が一人いれば、呪符は必要なだけ作れる。もちろん、彼女が協力してくれれば、だが……。
とはいえ、彼女が断るとは思えない。
“提案”という形を取ってはいるが、ようするに、これはわたしたちへの報酬なのだ。
しかし、表立って褒美を与えれば角が立つ。
特にゲータ・ニィガあたりは、うるさく口を挟んでくるだろう。
だからこそ、“提案”という形で差し出してきたのだ。
「色々と、お気遣いありがとうございます」
「なに、貴女たちから受けた恩に比べれば、ささいなものです」
白夜様が立ち上がり、こちらへと歩み寄ってくる。
わたしもまた立ち上がり、彼に歩み寄る。
「これから、良い関係を築いていきたいものですね」
「はい」
こうして――ケミスト領は、極東ヒノコクという後ろ盾を手に入れたのだった。




