ルシウムに、過去を話す
……わたしは、ルシウムさまと一緒に、古城の露天風呂にやってきた。
こんなふうに、のんびり浸かっていていいんだろうか――そんな気持ちは、正直あった。
極東のことは、ほとんど丸投げ。あっちが今どうなってるのかも気になるし、本来なら、動かなきゃいけない立場なのに。
だから、わたしは仕事の話を先にしようと思っていた。
でも、ルシウムさまはにこやかに微笑んで、「まずはお風呂に入りましょう」と言ってきたのだ。
……ずるい。
そんなふうに言われたら、断れるわけがないじゃない。
わたしの性格を、全部見透かしてる。ほんとに、ずるい。
さすがに、六十年も生きてるだけある……か。
「ふぅ……」
「ここのお風呂も、増えましたねえ~」
ルシウムさまが隣で、のほほんとした顔でつぶやく。
……たしかに、いろんな場所を掘り返した結果、試作温泉がやたら増えてる。
「穴だらけにしてすみません……」
「? なぜ謝るのですか? ここはあなたの家でもあるでしょう?」
「っ……。ルシウムさまって、いつも……わたしがいちばん欲しい言葉をくれますよね」
「そうですか? それはよかった。あなたが喜んでくれるのが、わたしのいちばんの幸せです」
……その笑顔を見ていると、ダメだ。
頬がふにゃっと緩んでしまう。
い、いけない。ちゃんとしないと。
「ルシウムさま。報告を……聞かせていただけますか」
「極東の状況について、ですね」
わたしが気絶してからのことを、ルシウムさまは順に教えてくれた。
まず、被害状況。
極東城は、完全に崩壊。けれど、それ以外の被害は、ほとんどなかったらしい。
飛散した瓦礫で、周辺の家の屋根が少し壊れた程度。それも、城のすぐ近くの民家だけ。
死者も負傷者もゼロ。軽傷者はいたものの、治療の必要もないとのことだった。
さらに――鬼化していた極東の人々は、温泉に浸かることで、無事に元の姿に戻れたらしい。
直哉に協力していた面々は、全員逮捕された。そして――
「直哉は?」
「……消滅した、らしいです」
「“らしい”、とは?」
「死体を見た者が誰もいません。完全に消滅した、と見ることもできますが……」
……つまり、生きている可能性もある、ということか。
「白夜様に予知していただきましたが、直哉が近いうちに現れる未来は、見えなかったそうです」
「……なるほど」
死んだ、あるいは長期間動けない状態――いずれにしても、しばらくは動かない。
そう願いたい。
けれど……あの男、しぶとさだけは一級だった。油断はできない。
「それと……鬼神の魂についてですが」
「……わたしの中に入った、それですね」
「はい。分離は不可能だそうです。極東の科学班によれば、すでにセントリアさんの魂と混じってしまった、と」
……鬼神の魂が、わたしの中に。
でも、わたしは直哉のように意識を乗っ取られてはいない。
――今は、だ。
「…………おいで」
「え?」
ルシウムさまが、そっと微笑む。
「な、なんですか、急に……」
「いいんですよ」
「いいって……?」
「頼ってください。好きなだけ、寄りかかって、甘えてくれて構いません」
「っ……」
……この人は、わたしが不安になっていることを察して、言ってくれてるんだ。
思えば、ずっとそうだった。
いつも近くにいて、いつも……わたしを迎えてくれた。
こんな、元悪女で、中身の怪しい女でも。
それでも――「頼ってくれ」と言ってくれる。
「どうして……そんなふうに言ってくれるんですか?」
「あなたを、愛しているからですよ」
……言葉だけじゃない。ちゃんと、気持ちも伝わってくる。
彼は、見返りなんか求めず、ただそばにいてくれる。
わたしの弱さを責めたり、利用したりなんかしない。
ただ――
ただ、わたしを……受け入れてくれる。
わたしの、すべてを。
「ねえ、ルシウムさま。あのね……わたし、実は、前世があるんです」
「――聞きましょう」
……そこから、わたしは堰を切ったように語った。
前世、日本でOLをやっていたこと。
転生して、悪女になったこと。
そして、今ここに至るまでのこと、ぜんぶ。
「そうでしたか」
それを聞いて、彼はただ、そう言った。
「なぜ隠していた」とも言わない。
ただ――受け入れてくれる。
「……泣き虫さんですね」
ルシウムさまが、わたしの頬に触れ、指で涙をぬぐってくれる。
「そう……ですよ。わたし、本当は、弱い子なんです。前世でもずっと……寂しい、寂しいって思ってて……」
「そうですか。もう、大丈夫。わたしが、側にいますよ」
その言葉が――信じられた。
十年後も、二十年後も、彼は本当に、側にいてくれる。そんな気がした。
「ルシウムさ……ルシウム、さん」
「はい。なんですか、セントリア?」
信じたくなる人が、ここにいる。だから、わたしはどこまでも……甘えてしまう。
「……あなたの妻として、これからもずっと、側にいたいです」
「はい。わたしも、あなたの側にずっといます。これからは、なんでも頼ってください」
「……はいっ!」
わたしは、笑っていた。
いつぶりかわからない――心からの笑顔。
それを見て、ルシウムさまもまた笑って、わたしをそっと抱きしめてくれた。
……温泉に浸かりながら、わたしたちは、お互いの存在を確かめ合った。




