夢と現実
……ふと、目を覚ます。そこにあったのは、見慣れた天井。
『ああ……』
思わず漏れた落胆の声。それもそのはず。
そこにあったのは、ケミスト領の古城ではなかったからだ。
蛍光灯。ぶら下がったヒモ。窓から差し込む朝日。安物エアコンの、耳障りな駆動音。
……ここは、元・悪女の部屋じゃない。
現実の、わたしの部屋だった。
『……長い夢でも見てたのかな』
時計を見る。もう7時。
満員電車に揺られて、会社へ向かう。今日も、わたしを特別扱いしてくれる人なんていない。
次々と回ってくる、山のような仕事。
可愛い女子社員たちは愛想よく男に甘え、男たちは鼻の下を伸ばしながらそれを引き受ける。
……そのしわ寄せが、全部わたしにくる。
夜、職場にはわたし一人。
帰っていく人々の「飲みに行く」だの「遊びに行く」だのという声を背に、ただ黙々とパソコンに向かう。
ぽた、と。涙が落ちた。
頑張っても誰も褒めてくれない。家に帰っても、誰もいない。何もすることがない。
終電で帰って、ご飯を食べて、ゲームをつける。
お気に入りの【びにちる】。それさえあれば満たされていたはずなのに、今日は……どうしてだろう。
空っぽで、虚しくて、寂しい。
「ルシウムさま……エルさん……さみしいよ……」
……。
…………。
………………。
「……むにゃむにゃ~。ぬへへへ~♡」
隣で、アホ面さらして眠っているエルメルマータの姿があった。
ただ、それだけのことなのに、私は――深く、長く、息をついた。
「夢、か……」
……そうだ。もう、こっちが現実なんだ。
ゲームそっくりな世界に転生して、セントリア・ドロとして生きてるこの世界が、私の人生なんだ。
「ふぇ……!? せ、センちゃん!?」
いつの間にか、残念エルフが目を覚ましていた。
がばっと私に抱きついてくる。
「……なに?」
「だってだって、泣いてたから」
「わたしが? 泣いてる……?」
そんなはず、と思いながら自分の頬に手を当てる。……濡れていた。ほんとだ。
なんで、寂しい? 何が悲しい? ……もう、忘れちゃった。
だって――
「ありがとう、エルさん。もう大丈夫だから」
「ほんとですぅ~?」
「うん、ほんと」
じっと私を見つめて、ぱあっと笑った。
「ほんとだっ! よかったねぇ!」
子犬のようにじゃれついてくるその姿に、なんだか笑えてくる。
エルフって、本来もっと神聖な存在じゃなかったっけ……?
「というか、何であなたが隣に?」
「えるがね、添い寝してさしあげたのです~。ルシウムさまの代わりに」
「はぁ!?」
ル、ルシウムさまが……そ、添い寝……だと……!?
そんな、そんなはずが――
「あ、ルシウムさまは添い寝してないよ? でもね、起きるまで、ず~っと手握ってたよ。今は用事があるから、離席中ですぅ」
「あ、そ……」
よ、良かった……のか? いや、でも手を握ってたってことは……寝顔はガッツリ見られてたわけで……!
「む? えるはそろそろ、ドロンしますぅ」
ベッドから立ち上がると、なぜか忍者のポーズを決めるエルメルマータ。
「愛しい人と、二人きりがいいでしょ~?」
ニヨニヨと笑いながら部屋の扉を開けた、その先に――
……今、一番会いたかった人が立っていた。
「ルシウム……さま……」
「はい、セントリアさん。おはようございます」




