お疲れさま
……鬼神直哉を撃破した。
塵となったその体は風に舞い、跡形もなく消えていった。
「………………」
一つ、片付いた。でも、それだけだ。やるべきことはまだ山のように残っている。
歓喜の声を上げる気力もなく、私はその場に膝をつきかけた。
「やったぁあああああああああああああああああああ! 勝った勝った、センちゃん大勝利ぃいいいいいいいいい!」
エルメルマータがアホみたいな声で叫びながら、私に抱きついてきた。
「センちゃんすっごーい! すごいよすごいよー!」
「ああ……どうも……」
「何で喜ばないんですぅ? ここは勝利の雄叫びをあげるとこですぅ~!」
雄叫びって。私は女だというのに、まったくもう。
「まだやることが山積みなの、わかってないんですか?」
「わからん!」
ですよね……。
「あのね、エルさん。まだ――」
「まだやるべきことがあるって言いたいんでしょ?」
「……そうです」
壊れた城、周辺の被害、けが人の治療、後処理の山。
疲れすぎて、立っているのもやっとだった。支えてくれているエルメルマータがいなければ、もう倒れていたかもしれない。
「まあまあ、セントリアさん」
「ルシウムさま……」
彼が微笑んで近づいてくる。
その瞬間、エルメルマータがニヤニヤ顔で、気持ち悪い笑みを浮かべた。
「えるふっこーのお手伝いすりゅ~!」
「あっ、ちょっと!」
そう叫ぶ間に、エルメルマータは走り去っていった。
その場に残された私は、ふらついた体をルシウムに抱きとめられ――お姫様抱っこされる。
……今日は、やけに抱っこされる日だな。
「お疲れ様でした」
「っ……」
何気ないその一言に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「あれ……やだ……どうして……」
涙が、頬を伝って落ちていく。悲しくなんかないのに、止まらない。
恥ずかしくて、彼から離れようとしたけれど、体が言うことを聞かなかった。
彼の優しい腕に包まれて、私はただ――泣いた。
スッと差し出されたハンカチで、何度も目元を拭う。けれど、涙は止まらなかった。
「本当に、頑張りましたね。あなたはすごい女性だ。他人のために、ここまでできる人なんて、そういませんよ」
彼のその言葉に、胸がきゅっと締めつけられる。
「……どうして。慰めて、くれないの……?」
自分でも信じられないような、情けないセリフが口をついた。
「涙は、悲しいときだけに流れるものじゃありませんから」
「あ……」
その一言で、ようやく気づいた。
――嬉しかったんだ。
努力を認めてもらえたことが。
彼に、頑張ったねって言ってもらえたことが。
「極東の人たちを救えたことが嬉しいんですね?」
「…………」
違う、そっちじゃない。何を言ってるんだこの人は。全然わかってない。
私はハンカチを彼に押しつけ、離れようとする。
でも、また体がふらついて――
彼が、優しく受け止めてくれるとわかっていた。
「……バカ」
「ごめんなさい。何か気に障ることでも?」
「……極東の人を助けられたのは嬉しいです。けど、それよりも……あ、あなたに褒めてもらえたのが……いちばん、嬉しかったから……」
……なんてことだ。なんだこの甘ったるいセリフは。
言った直後から、顔が熱くなって仕方がない。
「そうですか。そうだったんですね」
彼が受け止めてくれる。ただそれだけで、胸の奥がほわっと温かくなる。
視線の端で、エルメルマータがニヤニヤしながらタコ口を作ってガッツポーズしている。
……なんだあいつは。キスしろってか? 意味がわからない。人目があるのに何を考えてるんだ。
「……ねえ」
「はい、なんですか?」
「ご褒美……欲しいです……」
……バカか私は。何を言っているんだ。頭がぽーっとして、もう自分がわからない。
「ご褒美? いいですよ。何が欲しいんですか?」
「……意地悪」
主人公が入れ替わったんじゃないかと思うくらい、私はおかしくなっていた。
彼が微笑んで――
そっと、唇を重ねてくる。
……とろけるような甘い感覚が、私を包んだ。
周りの音が遠のき、頭が真っ白になる。
優しく、あたたかく、幸せな感情が胸を満たしていく。
私は――そのまま、眠りに落ちた。
「お疲れ様でした。ゆっくり、休んでくださいね。セントリアさん」




