悪役令嬢ですので
《セントリア視点》
鬼神直哉の腹の中に、わたしとエルメルマータはいた。
……この子を、また泣かせてしまった。作戦の都合とはいえ、本当に申し訳ない。終わったらちゃんとフォローしよう。泣いてる姿を見るのは、胸が痛む……ごめんね。
『痛い痛い痛いぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!』
鬼神直哉の悲鳴が体内に響きわたる。ごごごごお……と腹の底から何かが逆流してくる音。
「エルさん、わたしを抱っこして」
「あいあいさー!」
なぜか嬉々としてお姫様抱っこするエルメルマータ。
「……何で笑ってるんですか?」
「だって、もうこれでお仕舞いなんでしょう?」
「なんだ、わかってるじゃないですか。そう、これで終わりです」
わたしたちがいるのは、直哉の胃の中。
そこに溜まった胃液が、逆流して――わたしたちは空へと放り出された。
空中に投げ出される。だが、エルメルマータがいるから不安はなかった。
彼女は器用に直哉の体を蹴り、地上へと軟着陸する。
「お見事」
「でへへ~♡ えるをもっとほめていいんですよぉ~♡」
よしよし、とわたしは彼女の頭を撫でる。長い耳が子犬の尻尾みたいにピコピコ動いて可愛い……けど、口には出さない。調子に乗るから。
「えるかわぃ~?」
……やっぱり調子乗った。まったく、残念犬め。よしよしよし。
「セントリアさん……!」
「! ルシウムさまっ!」
エルメルマータを放置して、わたしは彼の胸へ飛び込む。
「……ごめんなさい」
不安にさせた。腕を犠牲にさせてしまった。他にもたくさん迷惑をかけた……だから、ちゃんと謝らなきゃと思ったのに。
ルシウムは優しく微笑んで、わたしの頭を撫でてくれる。
「お帰りなさい。無事で何よりです」
「……ルシウムさま……」
これだけのことをしても、彼は受け止めてくれた。
……わたしは、思わずキスを――いや、まだ。もうちょっとだけ我慢。あれの崩壊を見届けてからだ。
『体が痛い゛ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい! 全身が焼けるぅううううううううううううううううううううううううう! 一体何をしやがったぁああああああああああああああああああ!?』
鬼神直哉の体がボロボロと崩れていく。
苦しげな表情で、わたしを睨み下ろす。
「わたしができることなんて、一つしかないですよ?」
『聖女スキルかぁあああああああああああああああああ!?』
……はん。何言ってるんだか。
わたしは聖女じゃない。スキルは確かに譲渡されたけど、得意分野は別にある。
わたしの最大の武器。
「温泉です」
『はぁああああああああああああ!? 温泉だぁあああああああああ!?』
「はい、わたしの武器は結局そこなんです」
「つまりどういうことだってばよぉ、ですぅ~?」
エルメルマータも事態を把握できていない様子。
まあ、説明してあげましょう。これから死ぬ直哉に、丁寧に。
「やったことはシンプルです。わたしの土地神の加護を使って、温泉を作りました。直哉の体の中に」
一同、ぽかん。
「邪悪なるものを浄化する温泉を、体内に作ったんですよ」
「ど、どうやって? 水源がないと無理じゃ……?」
その通り。土地神の加護では、源泉がなければ温泉を掘れない。
「あるでしょ? 水源。全身を回ってるじゃないですか」
「ふぇ……? 全身を回る……水源……?」
エルメルマータは首を傾げる。
一方、直哉の顔色がみるみる青ざめていく。
『ま、まさか……ボクの血液か!?』
「正解。あんたの体を巡る血管を湯船にして、血液を浄化の温泉に変えたの」
持っている神の加護を全部、血流にぶち込んだ。
結果、聖なる温泉が体内を巡ることに。
「つまりぃ~? 直哉の体を温泉にして、邪悪を内側から洗い流したってことですぅ?」
「そういうこと」
聖女スキルは一瞬だけど、温泉は持続する。
浸からせられないなら、内側から温泉にすればいい。それだけのこと。
『なんや……その……ふざけた能力はぁああああああああああああ!』
直哉が最後のあがきを見せる。
首を伸ばし、崩れていく体で迫ってくる。
わたしは動かない。簡易アイテムボックスから、銃を取り出す。
顔が目前まで来た瞬間、わたしはその眉間に銃口を突きつける。
「そう、ふざけた能力ですよね。主人公らしからぬ力……でも」
引き金を引く。パァンッという音とともに、銃弾が直哉の眉間を撃ち抜いた。
「わたしはしがない、ただの悪役令嬢ですから」
直哉は倒れ、塵と化し、すべてが終わった。




