またしても、何も知らないエル
《エルメルマータ視点》
……崩壊した極東城。
瓦礫の上に立つ、鬼神直哉。
今まさに、その腹の中へ、セントリアが飲み込まれていった。
「…………」
わかってる。セントリアの、作戦だ。
大好きな友達が、目の前で喰われてしまった。普通なら絶望していい場面だ。
実際、エルメルマータはそう感じていた。
我らが希望は、今……死んだ。もう負けだ。もう、終わり。
でも――それすら、セントリアの想定通り。
味方さえ欺き、絶望させる。そこまで計算して動く子だと、わかってるのに。
……それでも、笑顔がよぎる。あの、優しい笑顔が。
ダメだった。もう限界だった。
「うわぁあああああああああああああああああああああああ!」
エルメルマータは駆けだし、魔法の矢を滅茶苦茶に放った。
感情任せの射撃が当たるはずもない――けれど、
彼女の矢は、直哉の急所を寸分たがわず貫く。
脳天、目、喉、みぞおち。すべてが的中し、爆ぜる。
それでも、放つのをやめなかった。
「うわぁああああああああああああああああああああ!」
「エルさん!」
どんっ、と誰かに突き飛ばされる。
「ぐぅっ!」
「!? る、ルシウムさん……!?」
直哉の触手が、ルシウムの右腕をぎゅうっと締めつけていた。
さっき突き飛ばしてくれなければ、自分が捕まっていたのだ。
ルシウムは迷わず剣を振るい、自分の腕を切り落とす。
その腕は触手に絡め取られ、直哉の口へと放り込まれていく。
『ぎゃはっはっは! 残念だったなぁ……! お前らの希望はぁ! 今潰えたでぇ……!』
――現実を、突きつけられる。
エルメルマータは膝から崩れ落ちた。
「センちゃん……」
体に力が入らない。逃げなきゃいけない。
セントリアならそう言う。けれど……
(逃げて、何になるの……?)
最後の希望すら届かないなら、自分らが生き残っても、何の意味があるのか。
いや、それ以前に――
……親友が死んだ。自分を唯一肯定してくれた、あの子が。
もう、生きてる意味なんて、ない。
直哉の触手が巻き付き、空中に吊し上げられる。
至近距離にある、バケモノの顔。
ドブ川のような口臭と、飲み込まれる闇の口腔。
けれど……エルメルマータは、恐怖ではなく、涙を流していた。
「センちゃん……センちゃぁ……ん」
『ぷりぷりで美味しそうな女やなぁ~。ひひひ、いただきまぁす!』
触手が緩み、落ちる。
ふわっと浮いたあと、真っ逆さまに落下していく。
風を切る音が、耳を割るほど喧しかった。
髪が、服が、ちぎれていきそうだ。
――この先にあるのは死。
それでも、エルメルマータは少しだけ、笑った。
「センちゃん……会いに行くね……寂しくないよ……」
そのときだった。
「何もう諦めてるんですか」
一瞬、幻聴だと思った。
だってそれは、死んだはずの声だったから。
でも、それでよかった。会いたかった声なんだから。
恐る恐る、目を開ける。
――そこにいたのは、セントリアだった。
お姫様抱っこで、エルメルマータを抱え上げていた。
「センちゃん……!」
涙が浮かぶ。これは夢? でも、
「重いんですよ、もう……食べ過ぎです」
「う、うわぁああああああああああああああああああああ!」
エルメルマータはセントリアに飛びついた。
「センちゃんセンちゃん! うわぁあああああああああああああ!」
もう、ぐちゃぐちゃだった。思考も、言葉も。
「バカバカぁ……もぉお! うれしい! ばかぁ! うわぁああん! ばかぁあああああああああ!」
でも、ぎゅっと抱きつけば、ぎゅっと抱き返してくれる。
それだけで、わかった。
――セントリアは、生きてる。
「ごめんね、ありがとう。今回も、まんまと騙されてくれて」
やっぱり、そうだった。すべては作戦。
自分が取り乱せば、直哉が油断する。そういう計算。
「もう何度ひっかかってるんだよぉおおお! えるのばかぁあああ! センちゃんのアホぉおおおお!」
「……ごめんね、エルさん」
「うわぁああああああああああああああああああああ!」
涙が止まらない自分を、セントリアは黙って撫で続けてくれた。
――そして。
「……で、今回はどんな奇策で勝ったんですぅ?」
直哉の腹の中、エルメルマータが尋ねる。
「おや、まだ勝利したとは言ってませんが」
「勝ってなかったら、こんな風に余裕ぶってないでしょぉ?」
「わかってるじゃないですか……あいたっ」
肩を何度も叩きながら、エルメルマータが吠える。
「あのさっ! えるを使うにしても、もっとマシな使い方してくれませんっ!? 何回引っかかればいいんですかっ!」
敵を騙すには、まず味方から。
セントリアがいつもやる、十八番の策。
「貴女以上に綺麗に引っかかってくれる人がいないんで」
「うぅ……いじめっ子だぁ~……うぅ~……」
「よしよし」とセントリアが背中をさする。
「まあ、おかげで勝ちました」
「ですぅ? でもまだ、こいつ生きてますがぁ?」
「もうすぐです。全身に回ったころですし」
「全身に……? 何が……?」
そのときだった。
『うぎゃぁあああああああああああああああああああああああああ!』
――鬼神直哉の絶叫。
その声を聞いて、エルメルマータはぽつりと呟いた。
「あ、勝った」




