狙い通りの一手
と言っても、やることは単純だ。
わたしは、鬼神直哉のもとへ向かう。
三重の結界をすり抜ける。結界は、術者であれば外から簡単に入れる仕様。
そして、わたしは鬼神直哉の懐へ――踏み込む。
「おいバカ! コッチを見ろバカ!」
『アァあ゛!? バカはてめえやろうがぁ……!』
鬼神直哉は、瘴気をこれでもかと撒き散らしていた。
常人なら、息を吸っただけで死ぬレベル。
でも、わたしには《瘴気耐性》がある。
聖女であるわたしだけが、ここに立てる。それだけの場所だ。
『丸腰で突っ込んで来た、おまえがバカやろぉ!?』
直哉が、体からびゅるん! と触手を伸ばす。
狙い通りだ――ここで、抵抗する。
「浄化!」
これが聖女の最終スキル、《浄化》。
触れた穢れを払い、浄める――つまり、鬼神直哉にとっては天敵の力。
触手は、わたしの浄化光に触れた瞬間、ボロボロと崩れた。
けれど、それだけだ。消しきるには至らない。
――まだ未熟だから。
でも、それでいい。【そう思わせる】ことが肝心なのだ。
『残念やったなぁ……!』
直哉はにたにたと笑いながら、さらに触手をうねらせてくる。
わたしは光を撃って、それを迎え撃つ。
何度も、何度も――
『自分でなんとかなるって思ったんかぁ!? てめえ一人でなんとかできるほど、鬼神は甘くねえぞぉ!』
わたしの魔力が、尽きる。
「はあ……はあ……! くそ……!」
『ひゃははは! 終わりやぁ……!』
びゅるっ、と触手がわたしの体を絡め取る。
ぐいと持ち上げられ、空中でぶらぶらと吊るされる。
見下ろすと、ずっと下に地面があった。風で体が揺れる。
直哉の顔が、目の前にあった。
にたぁ……と、腐った笑みを浮かべて。
「勝ったと思わないことですね。こちらにはまだ奥の手があります」
『奥の手ぇ……? ひゃはは! 浄化スキルのことかぁ!? 魔力もねえのにぃ!?』
いいぞ……そのまま、こっちの掌で踊れ。
『ボクの勝ちや!』
直哉が、大きく口を開ける。
『女の肉は柔らかくて美味いらしいなあ……! いただきまぁす!!』
わたしの体は、そのまま奴の口へ――放り込まれた。
ぐわん、と暗闇を落ちていく。
ごぉおおお! 風を切る音。不快な匂い。粘液にまみれた胃袋へ。
――そして、じゅう……と音がする。
髪が焦げる。肌が焼ける。
耐えがたい痛みに、目の奥がジンとする。
だが――
「勝った」
わたしは、独り言のように、確かにそう言った。




