鬼神直哉
鬼神をわたしの体に封じ、直哉の無力化にも成功した。
「ウルトラハッピーエンドですぅ!」
エルメルマータが勢いよく抱きついてくる。けが人なんだけど……まあ、嫌じゃないから黙っておく。
「ボクの……完璧な計画が……こんなワケのわからん女に潰されるなんてぇ……」
直哉が地べたに這いつくばりながら、涙を流していた。
原作では、こいつの策略が見事にはまって極東は滅んだ。それを知る人間がここに来た時点で、もう勝負はついていた。
「終わりだ。観念しろ」
「ぐ、ぎ、くそがあああああああああああああ! 鬼神ぃいいいいいいいいいいい!」
直哉がわたしに向かって絶叫する。
「ボクを喰らえええええええええええええ! 魂も肉体も捧げたる! せやからぁ! ボクを使って極東を潰したれええええええええええええ!」
その瞬間、わたしの体の奥から、なにかが抜け出る感覚があった。
黒い靄が、直哉の口へと流れ込む。
……これは、予知の範囲外。
「う、ぐ……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
直哉から吹き出す黒い波動。床が割れ、柱が砕け、天井が崩れ落ちる。
吹き荒れる衝撃の奔流に、立っているのもやっとだ。
すぐさま【土地瞬間移動】で脱出し、極東城の外へ。
「セントリアさん!」
「ルシウムさま!」
誰よりも早く駆け寄ってきたのは、ルシウムさまだった。
わたしも思わずその胸に飛び込む。……もし、これで本当に終わっていたら。
でも、まだ終わってない。
わたしはすぐに彼から離れる。……本当はもっと抱きしめてほしかったけど、それは後にしよう。
「緊急事態、ですね」
「はい、間違いなく」
極東城が、音を立てて崩れていく。
その瓦礫の中から、異形の鬼が姿を現す。
肌は浅黒く、無数の角が全身から生えている。
鬼神と化した直哉だった。
『ボボボボボオボボボオオオォオオォ! ボクがああああ! 極東の! 新しき支配者やああああああああああああああああ!』
叫びが突風となって全員を吹き飛ばす。破壊された城の破片が四散する。
「結界!」
手に入れた聖女スキルで、鬼神直哉を即座に閉じ込める。
瓦礫が飛び散る前に、ギリギリ間に合った。
だが——
『無駄無駄無駄無駄無駄あああああああああああああああああああああああ!』
鬼神直哉の連打が結界を打ち砕く。力では、あちらが上だ。
即座に二重、いや三重に重ねて結界を展開する。今度は耐えているが、いつまで持つかわからない。
次の手を考えなければ。
「センちゃん、ど、どうしよぉ……。あんなの、無理だよぉ……」
神獣が味方にいても、あれを正面から倒すのは無理だ。
——でも、一つだけ、手はある。
それを許してくれるかは、わからないけれど。
ちら、とルシウムさまを見る。
彼の目が、わたしを見返してくる。わたしは、その綺麗な目が好きだ。
だから、目をそらしたくない。
「ルシウムさま。お別れかもしれません」
「……策が、あるんですね」
それだけで、わたしの意図を察してしまう。さすが、聡明なお方だ。
もう少し、エルメルマータくらい鈍くてもよかったのに。
「はい。ただし、わたしが——最悪、死にます」
「駄目に決まってるでしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
誰よりも強く、否定してくれたのはエルメルマータだった。
……ああ、本当にお前はそういうやつだ。
心配してくれることが、こんなに嬉しいなんて思わなかった。
「エルメルマータさん。セントリアさんを……行かせてあげてください」
「はぁ!? なに言ってるんですぅ!? 死ぬかもなんでしょぉお!?」
結界の亀裂が音を立てて広がっていく。
もう長くは持たない。次に壊れれば、しばらく再展開はできないだろう。
つまり、チャンスは一度だけ。
やつが結界を破り、隙を見せる——その瞬間に賭けるしかない。
……わたしを本気で心配してくれているのは、わかる。
でも、これがわたしの選んだ戦い方だ。
わたしはずっと、一人でゲームばかりしてた人間だ。友達なんて、いなかった。
だから、だからこそ——
「エルさん。大丈夫です」
友達を失いたくない。絶対に泣かせたくない。
「絶対、帰ってきます。約束します」
エルメルマータが俯いて、ぐい、とわたしを抱きしめて。
そのまま、頭を——ぽかんと叩いた。
「行ってこいや! バカ!」
その言葉が、今は何よりもあたたかかった。
「絶対、帰ってくるんですよ!」
「当然です。わたしを誰だと思ってるんですか? やると決めたら、やる女ですよ」
ぐすん……と、エルメルマータが涙を浮かべる。
ルシウムさまも心配そうな表情のまま、でも、引き止めることはしなかった。
その想いに応えるように、わたしの中に力が湧く。
白夜さまが言っていた。聖女は、愛で強くなるのだと。
今なら、わかる気がする。
「では、いってまいります!」
わたしは力強く地を蹴り、空へと跳んだ。




