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トイレの花子さん その壱

「望月くん。ちょっといいかな?」

「……あん?」


 六月の雨がしとしと降る日だった。

 一年一組の教室で従吾に話しかけてきたのは玉井である。以前、サイフを取り返したからか、会話をする仲になっていた。挨拶ぐらいなら従吾からもする。


 チャイムが鳴って放課後になったので、従吾は帰り支度をしていた途中だった。今日は真面目に授業を受けていてクラスメイトからは珍しいと思われていた。最後尾の真ん中という席で白学ランの番長が勉強しているのは異様な光景だろう。


「何の用だ? またサイフ盗られたのか?」

「ううん。僕だって何度もカツアゲに遭わないよ。そうじゃなくて、相談したいことがあるんだ」


 従吾が周囲を見渡すと部活に行く前の生徒たちがこちらをチラチラ様子を窺っていた。こりゃなんかあるなと「いいぜ。話してくれ」と椅子に座り直した。玉井は立ったままで「ありがとう」と礼を言う。


「実はさ……出るらしいんだよ」

「新作のゲームか?」

「違うよ。女子トイレに女の子の幽霊が出るんだ」


 従吾は腕を組んで「女子トイレに男の幽霊が出るよりマシじゃねえか」と軽口を叩いた。


「むしろ順当とも言える」

「幽霊自体が出るのが問題なんだよ。みんな怖がってるんだ。どうにかできない?」

「はあ? なんで俺なんだよ?」

「だって三つ子池の幽霊や高等部のこっくりさん事件解決したの、望月くんでしょ」

「なんだそれ。誰から聞いたんだ?」


 予想外に噂が広まっていたので驚く従吾に「みんな知ってるよ」と玉井は当然のように答える。


「オカルト研究会の会長さんの弟子になって怪奇現象を解決してるって。びっくりだよ」

「弟子になってねえよ。誰だいい加減な噂流しやがって」

「でも解決したのは本当なんでしょ?」

「……まあな。それは認めてやるよ」


 しぶしぶ肯定した従吾に玉井は手を合わせて「お願い! なんとかして!」と頼んだ。


「望月くんならどうにかしてくるんでしょ?」

「あのなあ……仕方ねえ、とりあえず詳しい話、聞かせろよ」


 この前、学園の平和を守るって言ったばかりだからなあと従吾は考えた。

 玉井は少し間をおいてから話し出した。


「四階の西側のトイレに女の子の幽霊が出るんだ。それも恨めしそうな顔で。入ってきた生徒に『帰れ!』って怒鳴るんだ」

「被害はそれだけか? 怪我した奴はいるのか?」

「驚いて転んで捻挫した人がいるよ」

「いや、直接危害を加えられたのは?」

「それはいないみたい。今まで八人は見たらしいけど」


 追い出すだけで攻撃はしてこないのかと従吾は思った。

 ならほっとけばいい――そう言おうとした従吾より先んじて「これじゃあ四階のトイレ使えないってみんな困っているよ」と玉井は泣きそうな顔で訴える。


「男子も怖がっているし。どうにかならないかな?」

「四階のトイレ使わなければいいだろ」

「冷たいなあ。望月くんだって使うかもしれないよ?」

「女子トイレには入らねえ。先生たちには話したか?」

「話したよ。だけど……先生が入ると出てこないんだ」


 それでは問題は解決しない。

 泣きついた生徒が嘘つき呼ばわりされるのがオチだ。


「……しょうがねえなあ。俺が追い払ってやるか」


 やれやれとばかりに引き受けることにした従吾。

 玉井は一転して明るい顔になって「ありがとう!」と喜んだ。


「一応、その女の子がどんな格好なのか訊いておく。どっかの馬鹿の悪戯かもしれねえからな」

「えっと。おかっぱ頭に白い上着、赤いスカートを履いた小さな子らしいよ」

「見た奴全員同じ格好だって言ったのか?」

「うん。同じだって」


 従吾は肩を回して「明日の放課後に行ってみる」と立ち上がった。


「それまで誰も入らないように言っておけよ」

「いいけど……どうして明日なの?」

「すぐにやれってのか? 生憎、俺はそこまでお優しくはねえんだぜ。それに話を聞いておきたい奴がいるんだ」


 カバンを持って出ていこうとする従吾の背中に向かって「気をつけてね!」と玉井は投げかけた。従吾は振り返ることなく手を振って応じた。



◆◇◆◇



「ほほう。それはトイレの花子さんですな」

「あの有名なやつか? いろんなところにいるんだな」


 その足でオカ研の部室に向かった従吾は、自分の机でパソコンを操作しているひかげから話を聞いていた。

 ひかげは「学校の怪談は不思議なことに全国共通ですぞ」と説明する。


「あやかし、妖怪、怪異、幽霊。これらは人が見たいと思ったり、人が怖いと思ったりすることでその場に現れます。特に不特定多数が集まる学校は寄って来やすいのです」

「怖がるのは分かるけどよ。見たいって思うだけでも寄ってくるのか?」

「好奇心は怪奇現象にとってかっこうの餌になりえるのです」


 まだ中学生の従吾には難しい説だったが、それに構わずひかげは「トイレの花子さんはこの学園にもいます」とあっさりと言う。


「望月氏が聞き出したとおりの姿ですね。諸説ありますが、基本的に人に害を与える存在ではありません」

「じゃあ何で怪我させるんだ?」

「例外かもしれません。もしくはトイレの花子さんにも事情があるのかもしれませんね」

「妖怪に事情があってたまるか」


 従吾は何言ってんだこいつはという顔をしたが、ひかげは不気味な笑顔だった。


「ふひひひ。僕としては実に興味があります。トイレの花子さんには会ったことがないんですよ」

「じゃあ今回の件、一緒に解決してくれよ」

「いえ。高校生の僕が中等部の女子トイレに入るのは、いささか問題がありますゆえ」

「……確かに犯罪だな」


 むしろ盗聴器や隠しカメラを設置しそうな雰囲気がある。

 従吾は「そんじゃ、解決策を教えてくれや」と伸びをしつつ訊ねた。


「トイレの花子さんを追い払う方法、知ってんだろ?」

「知っている、というより持っていると言い換えたほうがいいですね」


 ひかげは机の引き出しをごそごそし始めた。

 またなんか怪しいアイテムを出そうとしてんなと従吾は覗こうとする――見える前に閉まった。


「はい。大切にしてくださいね」


 手渡されたのは小さな花瓶である。

 手のひらに収まる程度のサイズだ。紺色で整った造形をしていた。


「……これもまた、いわくつきのもんか?」

「望月氏は交通事故を見たことがありますか?」


 質問を無視して意味の分からないことを問うひかげ。

 従吾は「テレビでならあるけど、実際には見たことねえな」と答えた。


「僕は五回ほどあります。どれも酷い事故でした」

「あのさ。とりあえず説明をしてくれるか?」

「焦らずともします。その花瓶は――交通事故現場に置かれていたものです」


 従吾は首を傾げて「轢かれた奴が持っていたのか?」と言う。

 衝撃で割れそうなものだが……


「言葉足らずでしたな。よく交通事故が起きたところで花を飾ってあるでしょう」

「それは見たことあるぜ……まさか」

「ご明察ですぞ。この花瓶は死者に手向けた花が入っていた花瓶です」


 相変わらず不気味なもん持っていやがると従吾は花瓶を一先ず机に置いた。

 よく見るとこの前の勾玉ほどではないが、邪気みたいなものを感じた。


「花が枯れて腐り果ててもその花瓶はずっと事故現場に置かれていました。周りの霊を吸い込んで封じてしまうようになるまで……」

「気味悪りぃなあ……これがあればトイレの花子さんを封じ込められるのか?」

「それはどうでしょうか。悪意のある妖怪ならまだしも、トイレの花子さんのような妖怪は追い払うのが関の山ですな」


 トイレに来た生徒を追い払うのは悪意ではないのかと従吾は思ったが、まあ自分も追い払うからなと考え直した。


「それじゃ、これ借りていくぜ」

「一つだけ注意点があります。花瓶の中に水が無ければ効力はありません。トイレに入る前は水を汲んでください」

「ふうん……よく分かった。明日解決してくる」


 気楽そうに言う従吾に「忠告しておきますぞ」といつになく厳しい顔になるひかげ。


「本来、妖怪は恐ろしいものです。二つの事件を解決した君は余裕を持っていますが、足元をすくわれないよう気をつけてください」

「……肝に銘じておくよ」


 そうは言うものの、今回の事件は簡単に片が付くだろうと従吾は思っていた。

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