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天狗 その肆

 突如行なわれた殺戮に従吾は動けなかった。

 だが鞍馬天狗の胸が突かれた事実に怒りを覚えた。

 かまいたちと同じだ、また俺の目の前でやりやがった――

 身体の震えは止まり、心を奮って立ち上がり、蛇子に向かって駆け出した。


「うおおおおおおおお! 蛇子ぉおおおお!」


 咆哮を上げて勢いよく――突進した。

 殴るとか蹴るとかではない。そんな余裕はなかった。

 一方の蛇子は振り返らなかった。ただ従吾がぶつかってきたのを受け入れて、そのまま吹き飛ばされた。畳の上に転がる蛇子と勢い余って自身も倒れる従吾。


「あらぁ。痛いじゃない……かなりひどいことをするわね」

「どの口が言いやがる! てめえは、妖怪を、殺したんだぞ!」


 素早く立ち上がる従吾だが、蛇子は倒れたままで起き上がろうとしない。

 そのだるそうな態度に従吾の怒りは増した。


「立てよ……どうした、立てよ! 立って俺と戦え!」

「従吾ちゃんと戦う? 悪くないけどぉ……まだ時期じゃないわね」


 蛇子はゆっくりと立ち上がった――その動きはまるで蛇のように不気味で生理的に受け付けない、嫌悪感を覚える立ち上がり方だった。吐き気を催しそうになる従吾に蛇子は邪悪に笑う。


「あなたの勇気と度胸は素晴らしいわぁ。でもねぇ、もっと強くなってから殺したいわ」

「……意味が分からねえことぬかしやがって! 何が目的なんだ! 妖怪たちを殺して、何がしたいんだ!」


 従吾は疑問に思っていた。

 相手の力を奪うことで自分の強さにする。確かにその力は凄まじい。

 だが強くなってどうしたいのか、まるで分からない。

 何か目的があるようにも思えないのだ。


「目的ねぇ……私にもよく分からないのよ」


 蛇子はそこで悲しげに笑った。

 それは年齢相応の表情に近かった。

 気づいた従吾は疑問を深めた。


「天王寺に生まれて……いろんなことをやらされたけどぉ……お父様からはこの世で一番強くなれと言われたの……だから、強くならなきゃいけないのよぉ」


 蛇子は自分の頬を掻く。

 両手で、両の指全てで。

 ガリガリ、ガリガリと。

 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ――


「強くならなきゃ、強くならなきゃ、強くならなきゃ……」

「お、おい。やめろって! 血が出てるぞ!」


 従吾の怒りがしぼんでいく。

 代わりに蛇子への恐怖が大きくなる――


「……そうねぇ。私、強くならなきゃいけないの。それが目的ね」


 ピタっと掻くのをやめた蛇子は突然冷静に言った。


「ねえ従吾ちゃん。私を殺せるくらい強くなってね。そうしたら、戦ってあげてもいいわぁ」

「お前……」

「くふふふ。楽しみにしているわ」


 蛇子に力が集まるのを従吾は感じた――その刹那、蛇子から黒い光が発せられた。

 雷のような轟音とともに――蛇子は上に飛びあがった。そして天井を突き抜ける。

 部屋中に広がった衝撃で従吾は尻餅を突いた。音が収まった瞬間に立ち上がると、蛇子は既にいなかった。


「見逃されたのか……あの女、舐めやがって……!」


 とてつもない屈辱に身を震わせる従吾に「見逃されて良かったわよ」と話しかけたのは花子さんだった。蛇子が去るまで大人しくしていたようだ。


「今のあんたじゃ返り討ちに遭うだけだわ」

「んなことは分かってる!」

「なら冷静になりなさいよ。あんたがするべきことは――」


 花子さんは最後まで言えなかった。

 乱暴に扉が開かれて、大勢の天狗が入ってきたからだ。


「親父! カシラ! てめえら、やりやがったな!」


 真っ先に叫んだのは先ほど従吾たちと問答した天狗だった。

 花子さんは「違うわよ!」と鋭く否定した。

 それでも天狗たちは犯人だと決め付いている。


「てめえら以外に入った奴はいねえんだ! ちくしょう、ぶっ殺してやる!」


 三人の天狗たちが武器を持ち、扇状になってじりじりと迫る。

 従吾は不味いなと拳を構えた。

 自分一人ならともかく花子さんを守りながら戦えない――


「従吾。私のことは構わないで」


 花子さんが隣で腕組みをしている。

 従吾はどういうつもりなのかと訝しげに見た。


「あんたは逃げることだけ考えて。大丈夫よ、銀次さんが目を覚ましたら分かってくれる」


 従吾が返事をする前に天狗たちが一気に間合いを詰めてきた。

 話し合う余地もないと判断した従吾は一気に戦闘態勢になった。


 低い姿勢でドスを構えた天狗の突進を受けることなく半身になって従吾は躱した。そのまま追撃しようかとしたところで今度は別の天狗が殴ってくる。きらりと光ったものが見えたので、メリケンサックをつけてやがると思いそれも躱す。体勢が崩れたところに三人目の天狗が鋭い蹴りを放つ。流石に避けることは叶わなかったので両腕を交差させてガードした――腕が痺れるほどの威力にたたらを踏む。


 このままじゃじり貧だと従吾は攻勢にかかる。

 拳を構え直し、まず一番近い、蹴りを放った天狗のわき腹を強かに殴った。

 鈍い音が聞こえた後、ゆっくりと膝をつく天狗。相当のダメージを負ったようだ。

 メリケンサックを付けた天狗がまたも殴りかかってくる。その右ストレートを手ではなく手首を払うように上に跳ねのける。がら空きとなった腹に従吾は前蹴りをする。しかし咄嗟に腹筋を固めたのか、たいして効いていないようだった。


「やるな……全員、相当の使い手じゃねえか」


 舌を巻く従吾の目の端で花子さんの手が天狗に掴まれているのが見えた。

 不味いと思ったが「逃げて!」と花子さんは叫んだ。


「今のうちに逃げて!」


 どのうちだよと従吾が思う間もなく――部屋中に水が降ってきた。

 まるで夏の日の夕立のようで、視界が定まらなくなる。


「この野郎! おい、逃がすなよ!」


 天狗の怒号が響く前に従吾は駆け出していた。

 真っすぐ正面に扉がある。

 最後は転がるように廊下に出た従吾はそのままエレベーターホールを通り過ぎて階段を駆け下りる。靴下のままだが構うものかと全力で降りた。



◆◇◆◇



 さっきの夕立は花子さんの力だなと従吾は確信した。

 そういや水を操る能力を持っていやがったと思い出しつつ、ビルの外に出た従吾はその場から離れようとする。


「はあはあ、とんだ京都旅行だぜ……」


 愚痴りながらもこれからどうするのか考える。

 一つは銀次が目覚めるまで逃げ切る。

 一番現実的な解決方法だが、いつ目覚めるのかも分からない。

 また銀次が言っても聞かない場合もある。

 それに花子さんのことも心配だ。もたもたしていると酷い目に遭わされるかもしれない。


 二つ目は体力などの準備を整えてから、花子さんを救出しにビルへ行くことだ。

 従吾にしてみれば一番選びたいが三人の天狗に手間取っている自分が勝てるか不安だ。

 喧嘩が強いと自負しているが、天狗たちは殺しに長けている。その差はデカかった。


 最後の手段としてひかげに助けてもらうことだ。

 幸い、スマホは無事だった。ならば連絡を取って救援を求めることもできる。


「それだけはしたくねえなあ……情けないこと限りねえ」


 強がりを言っているが、花子さんのことを思えば取りうる最良の手だった。

 分かっているものの……なかなか決断に至れない。


「ぼうや。どうかしたの?」


 歓楽街の裏道。

 誰もいないと思い、座り込んで休んでいると従吾は声をかけられた。

 女――しかし生きていない。従吾は一目で分かった。何故なら生気というものを感じられなかったからだ。


 女は痩せていて真っ赤なドレスを着ていた。

 サイドに髪を垂らしていて、色気のある表情。目は大きくて肌は青白い。

 化粧しているが厚くはない。香水の香りが若干漂っている。

 おそらく三十半ば。水商売の人だと従吾は思った。


「なんでもねえよ……ほっといてくれ」

「ほっとけないわよ。さあ。こっち来て……あら、身体、濡れてるわ?」


 従吾の手を取ろうとして、触れた瞬間驚いた表情になる。


「あなた、人間なの!?」

「訳アリなんだ。関わるとろくなことがねえ」

「…………」


 しばらく黙ったと思ったら、女は従吾を無理矢理立たせた。

 そして手を引っ張って連れて行こうとする。


「何して――」

「訳アリの子供。ますますほっとけないわ。大丈夫、安心して。ここよりマシなところだから」


 手を払うことはできた。

 その場から逃げることもできた。

 けれども従吾は黙ってついて行ってしまった。


「けっ。勝手にしやがれ……」

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