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あやかしはアヤシクテ、まやかしはマボロシ ~皿屋敷学園の番長と不気味なオカ研の会長~  作者: 橋本洋一


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氷田巡査 その壱

「おはよう従吾ちゃん。また喧嘩でもしたの? まったく、ほどほどにしときなよ」

「……うるせえなあ。あんまり干渉してくんな警官」


 皿屋敷学園への登校中に絡んできたのは駅前交番所属の氷田巡査だった。

 従吾は鬱陶しそうに睨みつけた。


 氷田巡査は女性にしては背が高く、百七十を超えていた。スレンダーな体格していて、ウェーブがかかっている長髪だった。色も烏の濡れ羽色で日ごろ手入れをしっかりしているのが分かる。左目の下の泣きぼくろが特徴的な美人で、警察官よりは大手企業の受付嬢のような印象だ。


「年上の女性に対する言い方じゃないでしょ。警官もやめなさい。せめてお巡りさんと言って」

「けっ。相変わらずうるせえ女だ」


 やや早足になる従吾に乗っていた自転車から下りて押しながら隣を歩く氷田巡査。大学を卒業して警察官になった彼女が最初に補導したのが従吾だった。それ以来、五年間ほど付き合いは続いている。とは言っても、従吾はあまりいい顔をしないが。


「そんな格好して。皿屋敷学園の制服、どうして着ないの?」

「先公みたいなこと言うなよ」

「これでも教員免許持っているけどね。そんなことより、中学生になってからいろんなことに関わり過ぎているよ。三つ子池の事件もそうだけど、女子トイレで手首切るとか」

「あれは事故だ」


 今日はからっと晴れていて暑い。七月に入ってからめっきり気温が上がっていた。

 吹き出る汗を手で払いながら「パトロールの途中じゃねえのか?」と従吾は言う。


「こんなところで油売ってていいのか?」

「これも立派なパトロールだよ。番長を見張っているんだから」

「……大人のくせに言い訳が上手いんだな」

「大人だから言い訳が上手いんだよ。ところでそのブレスレットどうしたの?」


 氷田巡査が指差したのは銀の腕輪である。

 入浴や睡眠のとき以外は付けるようにしていた。

 従吾は「貰ったんだ」と端的に説明した。


「ふうん。女の子に?」

「いや。男だ。生憎、女にはモテないんでな」

「そう? 従吾ちゃん可愛らしい顔しているからモテそうだけど」

「ならお前は俺に惚れんのか?」

「普通の恰好して真面目になるのなら二秒くらい考えてもいいよ」


 二人して軽口を叩いて歩いていると「おーい、従吾さん」と後ろから声をかけられる。

 振り返ると皿屋敷学園の制服を着たかまいたちが走ってきていた。


「おう。昨日ぶりだな――直志」

「ええまあ……そちらの方は?」


 水を向けられた氷田巡査は「あら。見ない顔だね」とにっこり笑う。


「私、氷田礼子っていうの。あなたは?」

「えっと。俺は鎌田直志って言います。従吾さんの子分やっています」


 折り目正しく自己紹介したかまいたち――鎌田直志。

 両親が殺されてしまった経緯もあり、とりあえず皿屋敷学園に通うことになった。

 鎌田直志という名前は生徒会長の岩崎菊子が名付けていて、しかも菊子の家に寝泊まりしている。従吾はよく分かっていないが、ひかげと菊子が相談して決めたようだ。


「子分? あははは。従吾ちゃん、ますます番長らしくなっているね」

「まあな……うん?」


 そこで従吾は違和感に気づいた――氷田巡査の背中に黒いもやが見えた。

 霊的な何かだろうと従吾はなんとなく思った。

 銀の腕輪が付けているから見えたのだと推測するが……それでも嫌なものには感じなかった。


「どうかしたの? まさか私に見惚れたの?」

「地球が逆回転してもありえねえっての……なんでもない」


 氷田巡査は首を傾げて「それじゃ私は行くね」と自転車に乗った。


「従吾ちゃんにもお友達ができて良かった。鎌田くん、従吾ちゃんをよろしくね」

「ええ。お任せください」

「けっ。好きに言ってろ」


 従吾の悪態を流して氷田巡査は自転車をゆっくりと漕いで行く。

 その背中が見えなくなったところで「何か憑いていますね」と直志は言う。


「やっぱりか。でも悪いもんじゃねえよな」

「悪霊でも妖怪でもないですね……ま、気になるようならあの変な野郎に聞くのはどうです?」


 変な野郎とはひかげのことである。

 従吾は氷田巡査が消えたところをじっと見つめた。

 悪いものでなくとも、気になってしまうのは仕方のないことだった。



◆◇◆◇



「ふうむ。それは霊の仕業ですな」


 放課後になって、従吾はひかげに今朝の話をした。

 例によって例のごとく、オカ研の部室である。

 直志は菊子の仕事を手伝っていていない。かまいたちにやらせる仕事は何だろうかと従吾は興味を持ったが、直志は「面倒な仕事ですよ」と濁した。


「悪い霊なのか?」

「実際に見ないと分かりませんが、望月氏と鎌田氏が悪くないと判断したのであれば、おそらくは違うと思います」

「直志はともかく、俺のことを信用すんなよ。なんとなくって感じなんだから」

「鋭い直感は拙い思考より確かですぞ」


 本当かよと思いつつ、とりあえず氷田巡査に危険がないことが分かってホッとする従吾。

 その様子を見て「氷田巡査殿は望月氏にとってどんな人ですか?」とひかげは訊ねる。


「どんな人って……口うるさい女としか思えねえよ」

「好きか嫌いかで言えば?」

「なんで言わなきゃいけねえんだよそんなこと」

「照れなくてもいいじゃありませんか。お世話になっているんでしょう?」


 従吾は腕組みをして「世話になったのは七才のときだ」と語り出す。


「夜道を歩くのが好きでしょっちゅう街を歩いてたら補導された。そんときからの関係だ。以来、ずっと絡んできやがる」

「ほっとけないのでしょうなあ。その気持ち分かりますぞ」

「だからひかげさんは俺を構うのか? 気持ち悪りぃよ」

「ふひひひ。失礼しました……しかし、氷田巡査と同じように、望月氏もほっとけないのでしょう?」


 図星だったのか、従吾は顔をしかめた。

 いくら悪い霊ではないと分かっても氷田巡査のことが気になってしまう。

 男女の愛情ではない。言い表すのであれば親愛というべきだろうか。


「一応、気になるのでしたら氷田巡査に会って祓ってくればいいのでは?」

「祓い方なんて分からねえよ」

「その銀の腕輪があれば触れますよ。悪い霊でなければひょいっと取れます」

「服に付いた埃じゃねえんだからよ……まあいいや。気になるから行ってみるか」


 従吾の去り際に「ああ。それが済んだら話したいことがあります」とひかげは思わせぶりなことを言う。


「話したいこと? あの天王寺蛇子のことか?」

「彼女自身の話ではありませんが、今後味方につけたい妖怪や幽霊を見繕いました。もう少し絞りたいので、明日か明後日部室に来てください」

「へえ。そりゃ頼もしいな」

「いくら何でも鎌田氏だけの力では彼女には対抗できませんから」


 世話になってばかりだなと思いつつ、従吾は「ありがとうな」と言って部室から出た。

 高等部の部室棟から出ると、出口の壁に直志が寄りかかっていた。


「直志。どうしてここに? 待っていたのか?」

「従吾さんに話したいことがありましてね。お時間大丈夫ですか?」

「まあな。歩きながらできる話か?」

「重い話ではありませんね。岩崎さんがひかげさんと話したいとのことで、明日は部室に来ないでほしいと」

「なんでお前が伝言役に……そういや、連絡先知らなかったな」


 従吾は「承知した」と頷いた。


「直志はスマホ、持っているのか?」

「今度、岩崎さんに買ってもらいます。流石に俺の戸籍がないので名義はあの人のものですけど」

「そっか。あ、これから氷田巡査のところに行くんだけど、お前も一緒に行くか?」

「今朝のことですか? 案外心配性というか面倒見がいいんですね」

「口に出さずに思っておけ。行くのか、行かないのか。どっちだ?」


 直志は「ええ、行きますよ」と気軽そうに背筋を伸ばした。


「従吾さんの誘いに乗らないわけにはいきませんから」

「はっ。子分の鏡だよ、お前は」

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