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銀の腕輪 その弐

 かまいたちの行動は早かった――素早かったと言うべきだろう。従吾に右の拳を繰り出したのだ。本来ならば躱せるはずだったが、敢えて受け止めた。頬に突き刺さった打撃を従吾は「なかなかいいパンチだ」と笑った。


「そんじゃあ、こっちの番だな!」


 従吾は呆然としているかまいたちの右手首を掴んで、そのまま引き寄せて思いっきり殴った。自分が妖怪なので霊力を持たない従吾が触れることなんてできない――そう思い込んでいたので強かに入ってしまった。


「……っ!? 何しやがる! この野郎!」


 よろめきながら悪態をつくかまいたち。

 従吾は「喧嘩だよ、馬鹿野郎」と追撃に入る。


「――舐めんな!」


 するとかまいたちは目にも止まらない動きで屋上中を駆け回った。

 風のように速く、風のようにつかみどころのない――これでは従吾は殴ることも蹴ることもできない。触ることすらできないだろう。


「うらああああああ!」


 かまいたちは咆哮を上げながら、従吾を殴りつける。

 それも素早く動きながらだ。それは暴風のように襲い掛かった。


「くっ――」


 サンドバックみたいに一方的に殴られる従吾は両腕を前に持ってきてガードする。

 今は耐えるしかないと言わんばかりに防戦一方だった。


「はあはあ、どうだ、この野郎!」


 動きを止めたかまいたちの息は切れていた。

 いくら妖怪でも体力の限界というものがある。

 それでも従吾の手の届かない間合いで止まっていた。


「すげえ速さだ。素直に感心するぜ。だけどよ、そんな腰の入ってねえパンチじゃ効かねえよ」

「ほざいてろ。俺の動きが見切れねえ馬鹿がイキがんな」


 息の整ったかまいたちはそのまま従吾に突撃して――加速する。

 疾風怒涛の動きは常人ならば捉らえることはできない。

 そう。常人ならば――


「――オラァ!」


 気合と共に従吾は殴打した――かまいたちは大きく後ろに下がる。

 一瞬、反応が遅ければ――顎を殴られていた。今も少しかすめた箇所がジンジンと痛む。

 信じられない思いのかまいたちは「なにしやがった!?」と怒鳴った。


「お前は速いけどよ。光より速いってわけでもねえ。そんぐらいなら殴れる」

「ふざけんな! あんたは人間だろ!? そんなんで殴れるわけねえ!」

「そうだ。お前の言うとおり、俺は人間だよ。霊力やら妖力やら持たねえ、ただの人間だ。けどよ――喧嘩なら負けねえよ」


 かまいたちの攻撃を見切ってカウンターを食らわせた理由の説明になっていない。

 それどころか的外れもいいところだ。

 しかしそれこそが従吾の強さの理由でもあった。

 喧嘩慣れしている従吾は相手が自分のどこを狙っているのか、感覚的に分かるのだ。

 中学一年生で皿屋敷学園の番長を張るだけの男である。その技量は凄まじかった。


 それとかまいたちの風のような打撃を食らって分かったこともあった。

 確かに素早く殴れるのは素晴らしい利点だが同時に弱点にもなりえる。

 まず腰の入ったパンチが打てない。あくまでもジャブに留まる威力だ。

 加えて素早く近づくということは拳さえ合わせればかまいたちに大ダメージを与えられるということだ。それは喧嘩において致命的だった。


「な、なんだこいつ。訳が分からねえ――」


 これらのことを理解できないかまいたちは――がむしゃらに動き回った。

 前後左右、あるいは斜めに動いて従吾を牽制する。

 しかしここで従吾に視線に気づく。

 ――明らかにかまいたちの動きを補足している。


「さっきからびゅんびゅん風の切る音が鳴ってらあ。それじゃあどこに移動しているのか、だれでも分かるぜ」

「――っ!?」

「来いよ、かまいたち。逃げ回ってねえで――かかってこいや!」


 従吾の挑発に乗る必要などない。

 このまま動き回って従吾の背後を取って少しずつダメージを与えれば十分勝機はある。

 だけど、かまいたちは乗ってしまった――


「うらああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 直線的な攻撃。

 かまいたちは一直線に、従吾の正面に、何も考えずに突撃した。

 自棄になってしまったと思われても仕方がない。

 喧嘩は自暴自棄になってしまったら――負けである。


「――少し寝てろ」


 従吾の拳が、かまいたちの顔面にぶち込まれた。

 そう認識できたのか、できなかったのかは判然としないけど。

 そのパンチはあっさりとかまいたちの意識を刈った――



◆◇◆◇



「……うう」

「お。気づいたか。まずはこれ飲めよ」


 仰向けに寝ていたかまいたちが起き上がるのを見て、従吾はペットボトルを差し出した。

 中身は水だった。かまいたちは受け取ると蓋を取ってゆっくり飲む。

 ごくごくと喉を鳴らして、飲み干してから「負けたよ」と言う。

 先ほどのうじうじしていた態度と違うなと従吾は思った。

 そのくらい、晴れやかな顔をしていた。


「なあ……従吾、だっけ? なんで従吾は、あの女と戦おうとしてんだ?」

「あん? そりゃあほっとけねえからだよ」

「ほっとけばいいじゃないか。あいつは妖怪の力を狙ってんだ。妖力も霊力もない、あんたが狙われる道理がない」

「だけど、妖怪は狙われるんだろ?」


 従吾はその場に座って、かまいたちも隣に座った。

 徐々に夕日が落ちていく。そして夜の帳が辺りを包もうとしている。


「人間だからとか妖怪だからとか。関係ねえんだよ。あの女は殺しをやっている。そんなの見過ごせねえ」

「つまり、正義のためか?」

「そんなんじゃねえ。俺はこの学園が好きなんだよ」


 従吾はかまいたちと目を合わせた。

 その男気のある、燃えた目は人だけではなく、妖怪も引き寄せる。


「ひかげさんにも言ったことがねえ。だけどさ、今まで俺ぁこの学園が好きで動いていた。クラスメイトがサイフ盗られて困っていたらほっとけねえし、怪しげな遊びが流行っていたら止めたくなる。トイレが妖怪のせいで使えなくなったら命がけでも何とかしてやりたくなる」

「なんでそこまで好きなんだ? 思い入れがあるのか?」

「この学園の生徒が、俺を救ってくれた」


 従吾は懐かしいという風に沈みゆく夕日を見つめた。


「小学生のときに、馬鹿やって死にかけた。そんときにあの人は助けてくれた。格好良かったんだ。この学園の生徒で白学ラン着ていたってことしか分からねえ。今どこにいるのかも分からねえ」

「その恩義に報いるつもりなのか?」

「結果的にそうなるな……ま、お前にはどうでもいい話だった」


 立ち上がった従吾はぱんぱんとお尻を叩いて土埃を取った。

 それから「子分になってくれねえか?」とかまいたちに改めて言う。


「あの女はいずれ、この学園を狙うかもしれねえ。それにサラワの森の妖怪たちも犠牲になる。何とか止めたい」

「……本当に、止めてくれるのか?」

「ああ。約束する。俺はできない約束はしない信条なんだ」


 かまいたちはしばらく黙った後、従吾に向かって「いいぜ、子分になる」と頷いた。


「俺はあんたについて行く。あの女を倒すためにな」

「そうか。ありがとうな」


 従吾はかまいたちに手を差し伸べた。

 その手を取ったかまいたち――すると銀の腕輪が光り輝いた。


「うお!? なんだこりゃ!?」


 従吾が驚く中、光がゆっくりと収まっていく。

 完全に消えたとき、従吾は自分の中に何かが芽生えたのを感じた。

 どくんどくんと鼓動が鳴る。


「こいつは……俺の力は増したってことか?」

「よく分からないが、そういうことじゃないんですか、従吾さん」

「あん? なんだお前。急に敬語になって」


 怪訝そうな従吾に対し、かまいたちはにやりと得意そうに笑った。


「子分になりましたからね。ケジメつけるために、それでいきます」

「はっ。そうかい。好きにしやがれ」

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