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あやかしはアヤシクテ、まやかしはマボロシ ~皿屋敷学園の番長と不気味なオカ研の会長~  作者: 橋本洋一


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かまいたち その肆

「急いでこいつの母ちゃんのところへ行こうぜ。なんとかして助けてやらねえと」

「そうですなあ。父親がいなくなったことも気にかかります。かまいたち殿、案内してくれますか?」


 従吾の意見に賛同するように、ひかげはかまいたちを促した。

 花子さんは「あんたの治す力では治せなかったの?」と眉をひそめた。


「切り傷以外も治せたはずよ」

「治せなかった……多分、母ちゃんの妖力が足りなかったからだ」

「よく分からねえけどよ、行きながら話そうぜ。早く治してやりてえ」


 従吾はかまいたちの肩に手を置いた。

 暖かな手は弱っていたかまいたちを安心させた。


「うん! こっちだ!」


 かまいたちは走り出す。

 従吾とひかげ、そして花子さんはその後を追う。

 鬱蒼とした森を走るのは慣れていない人間には難しい。特にひかげは何度も足を取られた。


「ひいひい、普段から運動しておくべきでしたな……」

「そんくらいで息切らすなよ……」


 ひかげと違って従吾は余裕ありそうだった。頭痛薬が完全に効いているようで、まともに動けている。


「――母ちゃん!」


 かまいたちが叫んだ先にいたのは、横たわっている女だった。ずいぶんと若い女性で二十代前半くらいだ。かまいたちの母親にしては若いなと従吾は思ったが、妖怪だから姿かたちを変えられるのだと遅れて気づいた。


 かまいたちの母親は子供と同じように和服を着ていた。黄緑の服に赤のアクセント――よく見ると血だと分かる。呼吸が荒い。もう時間が無さそうだと従吾は「ひかげさん、助けてやってくれ!」と焦った。


「分かりました。では――」

「……誰だい?」


 近づいてきたひかげを怪しげに見るかまいたちの母親。

 かまいたちが「母ちゃん! この人が助けてくれるよ!」と彼女の手を握った。


「俺の怪我も治してくれた! だから――」

「……もう助からないよ。諦めな」


 母親は疲れ切った顔のまま、握られていないほうの手で――かまいたちの頬を触る。

 その冷たさにかまいたちは涙を流した。

 妖力の無さを感じてしまう。それでも一縷の望みを捨てきれず、ひかげに「助けてくれ!」と頼み込んだ。


「その数珠を使えば、助かるんだろう!?」

「やってみます。君はご母堂の手を握ったままでいてください」


 ひかげは数珠に念を込める――身体から出た霊力がかまいたちの母親に注がれる。けれども、彼女の傷が回復することはなかった。


「……花子さん。出血を止められますか?」

「やってみるわ。このサラワの森なら力を使える」

「もういいさ。ありがとうね……」


 母親の諦めに対して「まだ助かるよ!」とかまいたちは強く手を握った。


「良いんだよ。私は十分に生きた……心残りは『あの女』に一矢報いることが……できなかった……それだけさ……」

「待ってください。あなたを襲ったのは、女性なのですか?」


 ひかげはそう言いながらも霊力を与えるのをやめない。

 母親は小さく頷いた。


「まさか……『彼女』の仕業ですか? しかし……」

「ひかげさん? 知っているのか?」


 険しい顔になったひかげに従吾は疑問に思う。その言い振りだと知り合いのように感じられた。


「……駄目。血が止まらない。おそらく――呪いが使われているわ」


 花子さんが汗を流して必死に止血しているが、芳しくないようだ。

 かまいたちは「なあ! どうにかならねえのかよ!」と食いかかった。


「あんたらなら助けてくれると思ったんだ! だから連れてきたのに! どうするんだよ!」

「……かまいたち。覚悟を決めろ」


 従吾は静かに、それでいて決意を込めた声でかまいたちをなだめた。もはや助からないと全員が分かっていた。かまいたちはそれを認めたくなかった――従吾は目を逸らさずに真っ直ぐ向き合った。


「お前の母さんは死ぬ。それは覆らねえ」

「あ、あんた、何を、なんでそんなことが言えるんだ!」

「うるせえ! 黙って聞け!」


 かまいたちが言葉を紡げないほどの迫力だった。

 従吾は「最期の別れだ」と悲しい現実を知らせた。


「話しておきたいこと、あんだろ。今言えよ」

「…………」

「親の死に目で言えなかったら、後悔は一生続くんだぜ」


 かまいたちはあふれる涙を止めず、母親と向かいあった。

 母親は痛みがあるのに、にっこりと微笑んだ。


「母ちゃん。俺は一人でも生きていける。何も心配しないでくれ」

「……分かってるよ。お前は強い子だ。心配なんて、しないよ」


 するとかまいたちの母親の身体が光に包まれていく。

 この世からいなくなるのだと従吾には分かった。


「だから、言っただろう。心残りは――」


 母親は最後まで言うことができなかった。

 とてつもない速さで接近して――母親の首を掴み、そのまま遥か後方に連れ去った者がいたからだ。その衝撃で従吾たちはその場から吹き飛んだ。


 その者は母親を大きな樹木に叩きつけて、反対の右腕を胸にねじり込める。

 どくんどくんという音が辺り一面に広がる。

 母親は苦しみながら、発していた光を強くして、そのまま霧散した。

 後には何も残らない。


「くふふふ、くふふふふふふふふふふふふふ――」


 その者はにやにやと不気味に笑った。

 かまいたちの母親を殺したことをとても愉快に思っている。そんな嘲笑いだった。


「かまいたちの押す力と斬る力、もらっちゃったわあ」

「な、なんだ、あいつは!?」


 咄嗟に受け身を取った従吾だけが、その場から立ち上がることができた。

 ひかげたちはあまりの衝撃で動けなかった――従吾はその者と相対する。


 その者は女だった。

 黒い血で染め上げたようなセーラー服を着ていて、腰まで伸びた髪がまばらに広がっている。肌が白くて端正な顔立ちをしている。おそらく高校生だろうと思われる年齢だ。

 真っ赤な唇は血を啜ったようで、浮かべている嘲笑は全てを見下していた。


 しかし一番の特徴は目だろう。

 蛇を思わせる鋭くて邪悪で愉快そうな目をしている。

 従吾はこの女はどんな悪事でもやるだろうと確信した。

 吐き気を催す――


「あらぁ。あなたはだぁれ? こんなところに来ちゃ駄目よぉ」

「この野郎! い、今、かまいたちの母親を――」

「殺したわよう。父親もね。そうしてようやく、かまいたちの力を手に入れられたわぁ」


 女は従吾に「もう一度訊くわねえ」とゆっくり近づいた。


「あなたはだぁれ?」

「お、俺は、望月従吾、だ……」

「従吾ちゃん! いい名前ねえ! 気に入っちゃったわぁ!」


 従吾から五歩ぐらいの距離に入った女は「私の名前、教えてあげるわぁ」と笑みを崩さずに言う。


「私は天王寺蛇子(てんのうじへびこ)――よろしくね、従吾ちゃん」

「気安く呼ぶんじゃねえ……吐き気がするぜ」


 頭を打ったわけではないのに、気分が悪かった。

 妖怪とはいえ、目の前で殺されたのだ。

 それも笑顔で殺した――


「て、天王寺の者が、サラワの森に入るのは、協定違反です……」


 ようやく立てたひかげが蛇子を警戒しつつ咎めた。

 打ち所が悪かったようで頭から血を流している。


「うん。そうねえ。本当はいけないんだけどぉ。かまいたちの力が欲しくて。ごめんなさいねえ」

「あ、謝ればいいというわけでは……」

「あなたは景川ひかげでしょ。くふふふ。あなたの力も欲しいけどぉ。お父様に怒られちゃうから駄目ねえ」


 二人のやりとりを聞いた従吾は「お前ら知り合いなのか……?」と怪訝に思う。

 今までの日常が崩れていくのを感じる。

 もう元通りにはならない――


「よくも、母ちゃんを――」

「駄目よ! 今行ったら駄目!」


 かまいたちの腕を必死に握りしめている花子さん。

 ふらふらだが立てるようだった。


「放してくれ! 母ちゃんを殺したんだ! ぶっ殺してやる!」

「あいつ、なんだかやばいわ! ここは堪えて!」

「ああ。さっきのかまいたちの子供ねえ。うーん、それじゃあこうしましょ」


 蛇子は嘲笑いながら、右手を手刀の形にした。

 そして何の躊躇もなく――己の左手首を切断した。


「なあ!? 何しやがる!?」


 従吾の驚愕を余所に「これで痛み分けねえ」と蛇子は笑った。


「それじゃ、私帰るわぁ。門限過ぎると怒られちゃうから」

「……望月氏。かまいたち殿。ここは耐えてください」


 言われるまでもなく、手首からおびただしい出血をしている蛇子を見て、もはや戦おうとは従吾もかまいたちも思わなかった。


「それじゃあねえ。従吾ちゃんたち。また会いましょうね」


 再会の約束をして、蛇子はそのまま森の奥へ去っていく。

 姿が見えなくなったのを見て、ひかげは「間一髪でしたな……」とその場に崩れ落ちる。

 従吾は消えていった先を見続けていた。


 一歩も動けなかった。

 戦おうとも思えなかった。

 そのぐらい、おぞましくて気持ち悪くて、なにより吐き気がした。


「ひかげさん。あいつは何者なんだ? ていうか、人なのか?」

「……人間ですよ。しかし、今日のところは話せません。僕自身、整理をつけたいのです」


 そんな答えに納得などできない。

 だけど弱っているひかげにこれ以上何も言えなかった従吾は「いつか、話してくれ」と言う。


「整理ってやつがついたら、教えてくれよな」

「ええ。必ずお話しします。ですが、その前にやらねばならないことがあります」

「なんだそりゃ?」


 ひかげはかまいたちを指差した。

 泣き崩れている彼の背中を花子さんはさすっていた。


「かまいたち殿を保護しましょう。彼が一人で生きていけるほど、サラワの森は優しくはありません」

「保護って……どうするんだ?」

「岩崎会長に頼みましょう。彼女ならなんとかしてくれます」


 その後、従吾たちは無事にサラワの森から出ることができた。

 従吾は今日のことを忘れないだろう。

 怖いと思ったことはある。逃げ出したいと思ったこともある。

 しかし、吐き気を催すほど、一人の女に嫌な気分を覚えたのは生まれて初めてのことだった――

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