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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

酒とつまみがあればいい!! ~仕事帰りに異世界転移した俺は、職業《サラリーマン》から《冒険者》へ強制転職からの15連勤目に突入する~


⚠ お 酒 は 2 0 歳 に な っ て か ら !



 仕事終わりの帰り道、コンビニに立ち寄って、酒とつまみを買う。

 いつだって俺の疲れを癒してくれるのは、キリンビールとサラミ。

 特別じゃなくていい……ささやかな至福の時を過ごして、ゆっくり眠られればそれでいいんだ。

 それで、いいのにさぁ――……。


「返して……至福の時間……そして俺を家に帰して……」


 目の前に広がる非現実に、嘆かざるを得なかった。

 仕事帰りの限界サラリーマンに異世界転移なんてトンデモイベントはいらない。

 そう――今の俺には、酒とつまみがあればいい。



 あと、布団……。



  ■■■



 ――休日は昼間からビールを飲むこともある。

 酒を飲みつつ、菓子を摘みつつ、テレビゲームをする。

 あぁ、俺はコントローラーを握る時、ちゃんとウエットティッシュで拭くタイプの人間だ。

 昔から真面目で手のかからない子だと母は言う。

 自慢じゃないが、自分でも真面目だなぁ……と思う時があるほどだ。

 だからこそ、この状況はないだろう。


「冒険者登録、ありがとうございました! こちら冒険者を証明するギルドカードになります。レベルの確認やスキルの習得などが行えますので、無くさないよう注意してください!」


 コンビニでいつもの酒といつものつまみを買い、ご時世に考慮し、エコバッグに購入した商品を入れて店を出た途端にそんなことを言われた。

 どこからどう見ても、コンビニの店員さんには見えない制服を着た女の人がカウンターの奥に立っている。

 こんな話、同僚に言っても「遂に頭がおかしくなったか? 三徹目だもんな」とか「ドッキリかなにかだろ? そうでなければ幻覚だよ。14連勤目だもんな」とか言われるだけに終わる。

 いや、奴が机に隠しているチョコレートをひと欠片恵んでもらえるかもしれないが。

 いや違う、今はそんなことどうでもいい。

 家に帰って酒を飲みたい。


「いや~最近はモンスターが活発化していて人手不足なので、新人冒険者さんはありがたいですね!」

「あ、あの……冒険者……? ギルド、とはどういうことでしょうか……?」

「…………あー」


 やめてくれ。

 そんな「私の話聞いてなかったのかよクソオヤジ」みたいな目で見ないでくれ。

 俺だってゲーマーの端くれだ。

 冒険者ギルドくらい何か分かる。

 なんか、モンスター討伐してギルドに報告して報酬金を貰う……アレだろ? 労働に対して報酬が割に合わないブラック……。


「その他もろもろはギルドカード裏面をご覧ください~。では次の方~!」


 こいつ、説明をカードに丸投げしやがった。

 まあ、状況を考えるに俺は俺の知らない間に冒険者登録してしまったらしいから、二度手間と踏んだのだろうが。


 冒険者ギルド(一見すると酒場のようである)を後にして、俺はギルドカードなるものを眺める。


「異世界だな……異世界だ……スゴく異世界っぽい文字なのに、なんて書いてあるか分かる……」


 レベル1、習得スキルなし――うん、当然ながらクソザコだ。

 しかし俺はどうやってギルドに来たのだろう。

 コンビニを出てすぐに職員のお姉さんがこのカードを渡してきたところを見るに、世界の転移どころか時空すら歪んだ気がする。

 これが神の御業だと言うのか。クソッタレ。


「……なあ、神よ。私は誰の迷惑もかけず、争いごとを避け、上司や取り引き先に対して上手く立ち回り、交友関係も悪くないレベルを維持してきました……最近はいつも深夜バイトしてるらしい美人のコンビニ店員さんとちょくちょく話すようになったんです……今年で36歳の独身なんです……地獄の14連勤を終え、酒とつまみを買い、自宅で静かなる至福の時を楽しめれば……まぁいい感じの人生なんじゃないかな?と思えたのです。14連勤は流石にキレそうでしたが、その代わりに長めの休暇をいただいたんです……」


 自然と零れていく言葉の羅列。

 真夜中のコンビニから一転し、晴天煌めく異世界に立った俺は、もう頭がどうにかなりそうだった。

 神、許すまじ。

 異世界転移したいなんて贅沢を言った覚えはないぞ。

 そんな手間をかけるくらいなら俺の口座に5000兆円振り込んでくれればいいのに。


「……考えても仕方ない。酒……酒を飲もう。もうこうなりゃヤケ酒するしかないだろ」


 石のベンチと一体化した街路樹を見上げて、俺はひとまず、酒に逃げた。

 ひんやりとしていて硬い、座り心地は決して良くない石ベンチだが、腰を下ろすと蓄積していた疲労が霧散していくようだった。

 エコバッグからビールを一缶取り出す。

 雑にプルタブを起こし、カシュ、と聞き慣れた――しかしどうして心地よいその音を耳に、俺は喉をゴクリと鳴らす。


「……お疲れ、よく頑張った」


 自分で自分を労り、黄金色(こがねいろ)のそれを喉へ流し込んだ。

 シュワワ、と口の中で無数に弾ける炭酸。

 ほろ苦い麦の旨味。

 キレのあるのどごしは、胃に到達するまで美味い。

 ああ……これだ……。

 これが仕事の疲れを瞬く間にして吹き飛ばしてくれる。

 少しぬるいのと、注がずに缶から直で飲んでいるから普段より炭酸が強めに感じるが、これはこれで乙というものだ。

 展開は最悪だが、酒を飲んで脳にアルコールが効いてくると異世界も悪くないんじゃないかと思えてくる。

 石造りの街並みは広く、悪くない眺めだ。

 そういえば、長期休暇を貰ったら海外旅行にでも行こうとか思ってたっけな。

 しかし海外に行っても本物のエルフとかドワーフは見れなかっただろう。

 そういう意味では役得なのかもしれない。


「ん、サラミうま。やっぱこれだな、ビールに合う……」


 つまみが無くても飲めるが、やっぱりあった方が気分も上がる。

 特にサラミが好きだ。

 薄切りになっているものじゃなくて、ソーセージのままのやつ。

 これに齧り付くスタイルが、少し野生味があって背徳感を煽るのだ。


「ゴク……ゴク……ぷっ、はぁぁ~……! こんなことになるならもっと買い込んでくるんだったなぁ」


 ――ふと耳鳴りがした気がするが……まぁ酔ってきたんだろう。

 コンビニで買ったのはビール二本とサラミ、それと柿ピー、カップ麺も買ってたな。

 あとはデザートにプリンだ。

 この中だとプリンは賞味期限が近いだろうし、冷蔵庫もない今は最優先で食べるべきだ。

 プラスチックのスプーンで食べるのもまた、良し。


「はー、甘い。やっぱ疲れた時には甘いものだな」


 疲れた時には酒だの甘いものだの言っているが、要は疲れてる時は基本なんでも食べれば美味い。


「このサラミは一度開けると封を閉じれないからな……ここで食べ切るか。流石に体力も限界だしな」


 14連勤を終えた身体に異世界転移は堪えるよ神様。

 とりあえずビールとサラミを楽しんだら、寝られる場所を探そう。

 宿とか……金どうしよ。

 いざとなれば宿主にビールをくれてやるが……うん、本当にいざとなればの話だが。

 俺は最後のサラミを摘むと、口を開けた。


「あ~……」

「すんすん……それ、肉かです」

「……ん?」


 人の気配……そして若干の獣臭がして、俺は首を180度ほど回した。

 猫だ。正確に言えば猫娘……頭に猫耳、尻に尻尾がある人……獣人だった。

 黒い髪に青い瞳をしていて、まぁ若干香るが美人さんだ。

 それと、獣臭とは別にもう一つ気になるものがある。

 先程から缶ビールを持っている左手が妙に暖かい……そして柔らかい。

 これを枕にして寝たらさぞ熟睡できるだろうなと思わざるを得ないほどの心地よさ……だ、が……?


 俺は柔らかさの正体に気付いた。


「……おっっっっっっっっっぱぁぁぁぁ!!?」

「肉、寄越せください。もう二日も食べてねぇんです。くれたら……なんかしてやる! から!」


 そう言って猫の獣人は身体を押し寄せてくるではないか。

 待って、お願い待ってくれ。

 肉だなんだと言っているが、その前に君の胸に付いている大きな肉が左手に押し付けられているぞ。

 ただでさえぬるくなったビールがもっと温まってしまう。

 君の胸肉と、俺の手の熱でな。


「あ、あげる! あげるから一旦離れてくれ! これ以上はマズい!」

「ほ、ホントか!? 話の分かるやつだな! 気に入ったぞ!」


 異世界に来ていきなり手錠を掛けられかねない。

 ギルドカードこそあれど、現状俺は身元不明の男なのだ。

 客観的に見ても怪しさ半端ないな、俺。

 酔いも醒めてきた。


「うまうま……なんだこの肉、ちっちゃいけどスゴく美味いぞ」

「そりゃよかったね……」


 相当美味かったのか、サラミをもうひと袋開けられてしまい、それも全て食べ尽くされた。

 俺のつまみだぞこのやろう、あといざと言う時の非常食だぞ――と言いたい気持ちは無いわけではない。

 ……が、意図してないとはいえ彼女の胸に触れてしまったという罪悪感がその言葉を飲み込ませていた。


「あー、私は酒井。君の名前を聞かせてもらってもいいかな」

「私は猫である。名前はまだない。強いて言うならクロイノと呼ばれている」

「く、クロイノ?」


 ……『黒いの』か。

 確かに黒猫だが……それならせめて『クロ』とかでいいだろう。

 安直だが、『黒いの』呼ばわりよりはマシなはずだ。


「それだと呼びづらいかな……クロとか、どう?」

「ださいからやだ」


 ダサいのかクロ。

 やっぱり安直すぎたのか?

 異世界ではダサネームなのか……。


「じゃ、じゃあ……イノ……とか?」


 クロが駄目ならイノ。

 我ながら安直すぎてネーミングセンスが終わってる。

 やっぱりまだ酔っているかもしれない。


「イノ……イノ! かっこいい! それでいい!」

「お、おお、そうか」


 イノは気に入ったらしく、青い瞳をキラキラと輝かせてくれた。


「っと……じゃあイノ。この辺りで寝泊まりができそうな場所はないかな? ベッドがあると助かるんだが……」

「宿屋ならすぐそこにある。付いて来いやです」


 イノはそう言って壁から壁へ飛び移り、屋根の上に立った。


「凄いな猫の獣人……」


 ……猫もパンツは穿いてるんだ。


「なにしてる。早く来やがれください」

「えっと……屋根の上には行けないかなぁ……」

「えぇ……これだからニンゲンは……仕方ないから歩いてやる」


 露骨に面倒くさそうな顔するなこの子。

 だけど、道案内はしっかりしてくれるようで安心した。

 これでゆっくり寝られそうだ。



  ■■■



「冷やかしなら帰んな」


 宿屋に来て、宿主に突き付けられたのはその一言だった。

 やはりというか、財布から諭吉さんを見せてもなんの反応もなかった。

 まあ、異世界の通貨ではないから当然だろう。

 だが俺にはいざと言う時のためにビールを一本残している。


「あの、代わりと言ってはなんですが……このお酒で一泊させてもらえませんか。味は保証します!」


 これでダメなら柿ピーも付けるしかないが……どうだ……!


「悪いがオレは酒飲めねぇんだ。帰ってくれ」

「で、ではこちらのお菓子でも!」

「菓子で泊まらせてやるほどこの宿は安くねぇんだ。とっとと帰んな! ったく、ただでさえモンスターが暴れて旅人ひとり来ねぇってのに」


 ――そうして俺は宿から追い出されてしまった。

 まあ、これは引かざるを得ない。

 お酒が飲めない人に飲酒を強制するのはよくないからな……。

 アルハラ、ダメ、ゼッタイ。

 オレ、ツカマリタクナイ。


「泊まれなかったのか? まさか銅貨一枚も持ってないなんて」

「己の浅はかな考えを自重するよ……しかし参ったな」


 これでは身体を休められない。

 日光に当てられ、眠気をギリギリ耐えれている状態だ。

 今なら地べたでも寝れる気がするが、この街の治安を知らないうちは下手な行動は避けたい。

 あぁ、意外と人って追い詰められると冷静に物事を考えられるんだな……。


「……サカイ、寝たいのか?」

「あぁ……実は寝不足でね……もう身体が持ちそうにないんだ」

「なら私の秘密基地に案内してやる。ベッドはないけど、最近ようやく藁が集まって寝床ができたんだ」

「え、いいのか?」

「肉の礼。今回だけだぞ!」

「あ、ありがとう……本当に」


 心の底から感謝が溢れた。

 一宿一飯の恩義――とは違うか、言うなれば『一飯与えて一宿を得る』だろうか。

 とにかく、助かった――。


 ――あれから小一時間ほど歩かされ、街外れの森。

 秘密基地と言うだけあり、かなり入り組んだ道を進むとそこには葉っぱと動物の皮かなにかで作られたテントのようなものがあった。

 天然の木を柱にしていて、壁が葉で覆われているから近付かないと気付けなかった。


「ここ玄関。汚れるのやだから靴は脱げ」

「わ、わかった。それじゃあお邪魔しま~す……」


 中は意外にも広かった。

 地面を掘り下げて天井を高くしているようだ。

 床も壁と同じ、硬めの動物の皮が敷いてある。

 端っこの方には寝床である藁の束が敷き詰められていた。

 ハッキリ言って、ここまでのものとは思わなかったな。


「これ、イノが作ったのか?」

「ああ! 全部ひとりで作った! 床と壁はなんか、でっかい蛇なんだぞ! スゴいだろ! です!」


 これ蛇の皮だったのか。

 二人入っても広く感じる部屋の壁や床ともなると、元の蛇はかなりのサイズになりそうだ……流石は異世界……。


「凄いなぁ……」

「えっへん!」


 俺なら材料を集める段階で、その途方もない作業量に挫折してしまいそうだ。

 仕事と割り切れば感情を無にしてやれるかもしれないが。


「そこが寝床な!」

「ありがとう、横にならせてもらうよ」

「私は食べ足りないからご飯探してくる。好きにしてろです」

「そうか。行ってらっしゃい」


 スタタ、と瞬く間に出かけてしまったイノを見送り、俺は遂にネクタイを緩めた。

 凝り固まった身体をうんと伸ばし、ぐるぐると肩を回す。


「あ~……疲れた……」


 スーツのままで藁布団に失礼する。

 飛び込むと、多少の弾力と草の匂いが俺の身体を受け止めてくれた。

 寝心地は……ちょっとカサカサしていて良いものではない。

 しかし、微かに香る獣臭がなんとなく落ち着くな。


「ふぁぁ……ヤバい……さすがに、もう……ねる……」


 14連勤の疲れとビールとつまみの癒し、そして異世界転移のショックから、俺のまぶたはズンと重くなる。

 こうして俺は、あわよくば起きたら元の現実に戻っていることを願いつつ、異世界で初めて就寝した。



 ――ただし結論から言うと、寝れたのは五時間ほど。

 日が傾き始めた頃に、俺はどうやら帰ってきたらしいイノに叩き起される形で目を覚ます。



  ■■■



「サカイ、サカイ! 起きろです!」

「うぅ……あと、五分……」

「五分も寝てたら死ぬぞ。永眠だ」


 それは流石に困るな。

 まだ身体が重いが、いくらかマシになった。

 仕方ない、起きよう。


「くっ、ふぁ……あぁ。で、どうしたんだ一体……」

「焦れったい! 説明あと! 行くぞ!」

「え?」


 イノは俺のスーツの襟をぐわしと掴むと、吹っ飛ばされるくらいの勢いで引っ張られた。

 これが獣人の力か。

 俺が痩せ型とはいえ、大の大人。

 マッチョメンでもこうはいかないだろう。


 ――そんな平和ボケな感想は、秘密基地を出た瞬間に弾け飛んだ。

 地面から足が浮くほどイノに引っ張られ、宙を舞う俺が見たのは、夕焼け空を覆い隠すほどに巨大な影。

 影は羽ばたいていた。

 翼だ。翼がある。

 逆光でよく見えないが、口……のようなところから明かりが溢れたのが見える。

 あれは……まさか。


「炎……? 火を吹く翼……まさか、ドラゴンか!?」

「ダエグバーンだ! この辺りじゃ出ないのに……!」


 バーン……? なるほど、ワイバーンか。

 確かに前脚が翼になっている。


「……はっ、これ、森燃えて……あいつがやったのか……?」


 赤い光は夕焼けだと思っていたが、どうやらそれだけではなかった。

 森は真っ赤な炎の薪となり、動物達が俺達と同じ方向へ逃げている。

 驚いたのは、日本じゃ危険な獣であるイノシシやクマに近い形をした動物も逃げ惑っていたことだ。

 俺は確信した。

 あの飛竜は、出会っちゃいけないタイプのモンスター。

 エンカウント=強制負けイベントのそれだ。


「ハッ、ハッ、ハッ――――!」

「息が上がってるじゃないか! 自分で走るから一旦降ろしてくれ!」

「ダメだ! 止まれば的にされる! もっと距離を離すっ! あと、屋根も行けないやつが逃げ切れるわけないだろ! です!」

「くそ、確かにと言わざるを得ないなっ!」


 俺にもっと脚力があればイノの負担にならなかったのに。

 こんなことならジョギングくらいしていればよかった。


『――リリン』


 また耳鳴りがする。

 二日酔いか? いやでも、500mlを一本飲んだだけで二日酔いになったことはないぞ。


「どうした、気を抜いてると舌噛むぞ!」

「あぁ……少し耳鳴りがしてな……ただ、なんかベルの音みたいで妙だ」

「ベル? それって……お前、冒険者なのか?」

「え? ああ、そういえばそうだな……一応ギルドカードもあるぞ」

「なら、それは何かのスキルを習得した音だぞ!」


 自動習得なのか、一体どんなスキルを習得したのだろう。

 この状況を打開できるスキルだと嬉しいが――。


 ――直後、俺は太陽を直視した気がして反射的に目を瞑った。

 感じたのは、逃げ遅れたのであろう動物達の断末魔。

 木や肉の焦げた臭い。

 そして、熱。


「なん、だ……これ……」


 森は一瞬にして焦土と化した。

 俺達はダエグバーンなる竜から真っ直ぐ逃げてきたはずなのに、奴との距離はかなり離しているはずなのに、ここからでも炎の熱を感じる。

 これは本当に生き物がやっていることなのか。

 だとすれば、規格外すぎる。

 生命体としての格が違うだろ……。


「……あっ」


 つい、声を漏らしてしまった。

 さっきまで寝泊まりしていた()()()()()()()()()()()()()のだから。


 あれはイノがたった一人で作ったという家だ。

 宿に泊まれず途方に暮れていた俺に、サラミを分け与えただけの見ず知らずの男に、自身の住処へ案内してひとつしかない寝床を貸してくれた……そんな優しいイノが何日もかけて作ったであろう秘密基地が、業火に沈んでいく。


 ふと、イノの表情に目が吸い寄せられた。


「気にするな、です。弱い私達は強き者の前で無力です。いつかこうなることは、わかってた……っ」


 イノは嗚咽を押し殺すような声で言った。

 それでも、涙は抑えきれずに溢れ出す。

 飛び散るしずくが俺の頬に当たっている。


「……クソッタレ」


 自然と汚い言葉を吐き捨てていた。

 異世界転移などというトンデモイベントを経験し、俺は密かに不安を抱えていた。

 俺自身はこれを幸福だとは思わないが、もし、人が何かを得た時、代わりに何かを失うのだとしたら……俺はこの世界で、一体なにを失うのだろうか――と。

 所詮この世はプラスマイナス・ゼロ。

 死ねば全てが失われる。


「クソッタレ……ッ!」


 最後には全部無くなるのなら、適当に生きていればいい。

 激しい喜びも深い絶望もなく、ひとつまみの幸せを糧に最後まで生きていればいい。

 そう、思っていた。

 だがこれはどうだ。

 異世界転移に冒険者、竜の襲来で恩人の家は燃えカスになった。

 これのどこに幸せがあると言うんだ。

 微塵もないじゃないか!


「認めない、認めないぞこんなの。こちとら14連勤目なんだぞ。働いて働いて、ようやく休日だったのに、こんなことに巻き込まれてッ!」

「サカイ、今は呑み込め……! 今は、逃げるんだ!」


 あぁ、くそ……俺はなんて非力なんだ。

 逃げることさえ女の子に任せきりで、俺はなんにもできない。

 人に迷惑をかけず、自分の仕事をきっちり片付けてきたのに。

 ……迷惑、かけたくない。

 もっと俺に力があれば――戦う力、いや立ち向かう勇気があれば、俺は――。


『――リリン』


 また、耳鳴りがした。

 いや違う……これはスキルを習得した音だ。


「スキル……そうだギルドカード!」


 内ポケットからギルドカードを取り出す。

 レベルは依然として1のまま。

 だが、所持スキル欄なるところに初めは無かったものがいつの間にか書き加えられていた。

 それも3つ。


「【疾風(はやて)】【勇心(ゆうしん)】……【酒樽(さかだる)】……」


 ……は? 酒樽?

 【疾風】は分かる。俺が自分の足で逃げられたらと思った時に鳴ったから。

 【勇心】も、ついさっき勇気が欲しいと思ったからまだ分かる。

 が、なんだ【酒樽】って。


「そういえばもっと酒を買っとけばよかったとか言ってたっけな……」


 残りスキルポイントは1となっていた。

 これがもし、心の底から望んだスキルを習得するシステムなのであれば、俺は最初のスキルでめちゃくちゃ使えないものを望んでしまったらしい。

 無駄遣いにもほどがあるだろ。

 こんなスキルじゃどうしようもない。


「とりあえず……イノ、降ろしてくれ」

「このまま手を離すぞ?」

「構わない」


 スキル【疾風(はやて)】の効果は、さっき見た。

 いきなり実戦なのが不安だが、思い通りの能力を発揮してくれるという確信が俺にはある。

 なぜって、不思議と前向きだからだ。

 まだ恐怖が消えたわけではないが、立ち向かおうという意思が燃え滾っている。

 目の前に広がる焦土なんて訳無いくらいに。

 これは【勇心(ゆうしん)】の効果なのだろう。

 立ち向かう意思を、一歩を踏み出す勇気を、ほんの少しだけ振り絞る力。

 それが、小心者の俺の背中を押していた。


 イノの手が離され、身体が一瞬宙を舞う。

 が、焦りはない。

 自分でもビックリ仰天してしまいそうな身のこなしで難なく着地する。

 そして、身体が軽い。

 獣人の脚力にも引けを取らないレベルで走れている。


「スゴいな、スキルか!」

「そうみたいだ!」

「他にはなにができるんだ? あいつの気を引ければ、ぜったい逃げ切れるぞ!」

「他は……酒を出せる」


 それを聞いたイノは、全力疾走しながらぽかんと口を開ける。

 何言ってんだこいつみたいな顔をするな。

 俺だって何を言ってるのかわからない。

 ありのままを伝えただけなんだ。


 スキル【酒樽(さかだる)】は、つまり酒を出せる。

 常時発動するタイプらしい【疾風】や【勇心】のパッシブスキルとは異なり、MPが許す限り使えるアクティブスキルなのが【酒樽】だ。

 召喚できる酒の種類は今のところ俺が愛飲しているビールのようだが、それだけのスキル。

 火を吹くでっかいワイバーン相手にお酌する勇気は流石に湧いてこなかった。

 どこぞの企業の社長を相手にする方がまだマシというものだ。


「……ここでなんとかしないとマズいな」

「もう走るの疲れた……もっと肉食べればよかった……」

「このままだと街にあいつを引き連れてきちまう」

「はっ、そうだった! どうするんだサカイ!」


 イノ、俺のことをいろいろ考えてくれていたのかと思っていたが、意外とアホの子なのか。


「方向転換……しても俺達が逃げ切れない。あいつを、撃退しなきゃ……」


 しかし、こういう時のための冒険者じゃないのか。

 ギルドは何をしている。

 今のところ他の人は見ていない。

 討伐には来ないのか?


「――っ、いや……違う……」


 冒険者は来ている。

 だが、()()()()()()()

 燃える木に背を預けている人影が見えた。

 もしかしたらここまで来る間にも、何人か……焼死体があったのかもしれない。

 俺は焼けた肉の臭いを思い出し、吐き気を呑み込んだ。

 それにしても、燃え広がるのが早すぎる……風が渦を巻いているようだ。


「……! ただ空中にホバリングしてるんじゃない、風を生んで火の手を拡げてやがるのか!」


 このままでは本当に街へ被害が出てしまう。


「くそっ……これで失敗したら俺の責任になるのかなぁ!」


 責任なんて負いたくない。

 そんな面倒なことやりたくない。

 このまま逃げ出したい。

 知らないフリをしたい。

 でも、俺はそれが出来ない。


「イノ、ジャケット持っててくれ」

「サカイ? どこ行きやがるです!」

「俺が注意を引きつける! イノは助けを呼んできてくれッ!」

「無茶だ! 間に合わないです……!」

「大丈夫! なぜば大抵なんとかなるってやつだ!」


 どこが大丈夫だ。バカ野郎。

 足が震えてるじゃねぇか。

 だが、その震えた足で、来た道を戻っている。

 スキル【疾風】と【勇心】――俺は引いちゃいけない場面でこのスキルを引いちまった。


「せめて武器を持ってくればよかったか……いや、そんなの期待できないよな……」


 もし武器が落ちていたとすれば、それは近くに焼死体があるわけで――。


「――ァ……ァア……ッ」


 ふと視界の端で何かが煌めいたことに気付いた俺は、同時にうめき声を聞いた。

 煌めいていたものの正体は、炎の揺らめきを反射していた剣。

 そして、うめき声は……真っ黒に焦げた人だった。

 そう、人……燃えた人が声を上げている。


「……まだ生きてる!? 大丈夫ですか!?」

「ッ、ア……ガ……」


 大丈夫なわけないだろうバカか俺は。


「すぐ救急車を呼びますっ! もう少し、待って――」


 内ポケットに忍ばせていたスマホを取り出し、俺はフリーズする。


「――――救急車なんて、ないじゃないか」


 回復……そうだ、回復スキルがあれば彼を……いや彼女かもしれないが、この人を助けることができるか?

 スキルポイントは残り1だった。

 これで回復スキルを習得できるだろうか。

 回復――……治癒――……治療――……。

 頭の中でそう何度も念じてみるが、あの軽快なベルの音は聞こえてこない。

 焦るな、焦ればそれだけ雑になる。

 だけど、早く助けてないと死んでしまう。

 この人を早く助け――、


「ぼ、け……しゃ……で、か……」


 その人は、焼けた喉で声を振り絞った。

 酷い痛みを感じているはずなのに、何かを訴えていた。

 ぼけしゃでか……いや、途中の言葉が掠れていた。

 言いたかったのは……つまり…………。


『 冒 険 者 で す か 』


「――ッ! 冒険者です!! レベルは……1ですがっ! なにか、私にできることはありますか!!?」


 喉が潰れそうになるほどに叫ぶ。

 すると、その人は指を一本上げて、何を指した。

 その指先に視線が吸い寄せられ、やがて指す方向へ動く。

 そこにはギルドカードが一枚、落ちていた。


「これは……もしかして、あなたの……」


 少し焦げていて名前は確認できない。

 しかし、ステータスは見ることができた。


 ――レベル62。


 驚きと同時に絶望した。

 俺の何十倍も強いはずの人が、もう虫の息なのだ。

 あのワイバーンはそれほどまでに強敵。

 僅かな勇気の灯火も、竜の業火に呑まれていくようだった。


「カハッ……あッ、ひ……いる……っ、【ヒール】ッ」

「回復スキルか……! まさか、自力で……」


 しかし焼け焦げた皮膚が元に戻る様子はない。


「私は、もう、長くない……」


 喉を、治癒したのか。


「すまない……もう、これしか……」


 最期の言葉を聞けということなのだろう。

 死の間際に、己の焼けた喉を治療してまで何かを伝えようとしているのなら、それを聞けるのは俺しか居ない。


「カードを……」

「カード? それならここに……」

「違う……あなたの、ギルド、カードだ……」

「私のですか……?」


 言われるがまま俺のギルドカードを差し出す。

 こんなもので、何ができるというのだろうか。

 その人は焼けた指をカード表面に押し付け、口を開く。


「……我が経験、を、この者に……譲渡する」


 刹那、指先が淡く輝く。

 カードに何かが書き加えられていく。

 そして、俺自身も光に包まれていく。

 経験の譲渡――まさか。


「レベルが、上がっている……?!」


 レベル30、レベル1から大幅な上昇だ。


「私はもう……じきに死ぬ……あなたは、まだ、走れる……半分しか、渡すことはできない……が……それで、逃げ切れるはず……」

「どうして見ず知らずの俺を助けるんだ……俺は、あなたを助けられないのに……!」

「生きてほしい……どうか、強者に屈することなく……生き延びてほしい……」


 ――――だから、負けないでくれ。

 その人は最期にそう言い残すと、それ以降は何も喋らず、指も動かさず……。

 ただの……燃えカスとなった。


「逃げることは負けじゃないのかよ……」


 現実はいつだって非情だ。

 異世界だろうと、そこは変わらない。

 絶対的にどうしようもない時がある。

 ……本当に、心の底からムカつくことだ。


『――リリン』


 嘲笑(あざわら)うかのような炎の音を、ベルの音が上書いた。

 俺は、名前も知らない冒険者の亡骸(なきがら)に両手を合わせる。

 そして、謝ろうと思う。


「すみません、俺、意外と沸点低いんですよ」


 恩人の家を燃やされ、さらにはこんな死に様を見せられて、ふつふつと怒りが煮え(たぎ)る。

 怒りは溜め込んで酒と一緒に流し込み、翌日には忘れるのがいつもの俺だ。

 だが、今回ばかりは晩酌(ばんしゃく)が不味くなる。

 ここで逃げたら後味悪すぎるだろ。


 眼中にある黒い影は、焼死体ではなく空に浮かぶ大翼だ。

 夕焼けの逆光に居るダエグバーンは、なおも火炎を口から吹き出している。

 俺は傍に転がっていた剣を拾い、その刃を彼の竜に向けた。


「来いよトビトカゲ! それとも空の上からじゃないと攻撃できないヘタレなのか!?」


 言葉が通じるとは思わないが、声に反応してダエグバーンはこちらを見た。

 正直、リアルファイトなんてやったことない。

 剣の扱いも知らない。

 だが、策はある。


「テメェの首、切り落としてやるよ! 肉は(さかな)にしてやるからな!」


 【疾風】で森を駆け、奴の視界から外れる。

 この脚力ならジャンプもかなりの高さが出せるだろう。

 思いっきり地面を踏み込み、跳躍。

 勢いよく飛び上がる身体は狙い通り首元へ。

 そして、剣を突き立てる。


「グルォォォォォォッ!!!」


 顎に剣を突き刺すと、ダエグバーンはうめき、咆哮する。

 耳が破けて頭が割れそうだ。

 しかし狙い通り下顎の力が弱くなり、片方がだらんと垂れてだらしない顔になった。

 俺は柄にぶら下がりながら、次の行動へ移す。


「近くで見ると真っ黒だな。逆光関係なかったわ」


 赤い眼と黒い甲殻はゾッとするが、見た目に構っている暇はない。

 下手な煽りを挟み、俺は竜の口へ手を伸ばした。

 スキル【酒樽】――発動。


 手から光り輝く魔法陣が現れて、発泡する黄金色の液体がドプドプ滾々と溢れ出す。


「ゴガッ、ボゴッ……!?」

「たんと飲めよ。俺の奢りだ」


 そうして溢れ出す酒を無理やり飲ませ続ける。


 ――八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を討ち取った須佐之男(スサノオ)の話は、きっと誰もが一度は聞いたことがあるだろう。

 狂暴な八つ首の竜を倒すためにスサノオが講じた策。

 それは、八つの門を用意し、そこへ酒をなみなみ注いだ桶を置くというもの。

 ヤマタノオロチが酒を飲むとたちまち酔っ払い、眠ったところを十拳剣で斬り刻んだ。

 首は八つでも胃は一つ。

 門で互いの状態が分からず、酒を飲み続けた末路がこれだ。


 俺はこの話を、勝手にこう解釈した。

 スサノオは真っ向からヤマタノオロチと戦っても勝てないのだと。

 それを分かっていたスサノオは、弱者たる自身がどう強者を屠るか知略を練った。

 これは弱者による強者への反撃。


 即ち――【弱者のアギト】


「火にアルコールは効くだろ。胃の中で燃えてるんじゃないか?」

「グルッ――オォッッッ!!!」


 火炎が胃から出ているとは思わないが、ダメージはやはりあった。

 ダエグバーンは炎を吐き出そうとするも、上手くいかないようだ。

 それどころか、どんどん高度が下がっていく。

 ヤマタノオロチは首が八つで身体は一つだったからこそ酒の回りが早いもんだと思っていた。

 首が一つなら効果は薄いんじゃないかと不安だったが、こうして口を閉じれなくして延々と流し込んでやれば問題ない。

 俺は今、竜にお酌している。

 もう社長だって怖くない。


「わかるよ、酔うと千鳥足(ちどりあし)になるよな。お前は竜だから千竜足……いや千竜翼(ちりゅうよく)かな?」


 目の焦点も合わなくなってくると、遂にダエグバーンは羽ばたかなくなった。

 引っこ抜けた剣を握り直す。

 生きるために獲物狩るだけならまだ納得したが、過剰な殺戮は到底許されるべきではない。


 ――最後の悪足掻きか、ダエグバーンは己の身も焼けるのを構わず火炎を放射する。


 熱い……死ぬほど熱い。


 でも、あの人の痛みはこんなもんじゃなかったはずだ。

 長い間燃え続け、焼け焦げて、ずっと痛かったはずだ。


 イノの心の痛みも、こんなもんじゃなかった。

 ずっと一人で材料を集め、自分の住処を作り上げた。

 それを一瞬にして灰にされた。

 本当はあの時、泣き叫びたかったはずなんだ。

 心の痛みを声にしたかったはずなんだ。


「――――他人(ひと)の痛みを知れッ!」


 【弱者のアギト】――仇討ち。

 ダエグバーンの喉元へ剣を突き立てる。

 そこは、竜の逆鱗(げきりん)と呼ばれる弱点。


「グァガアアァァァァァァッッ!!!」


 穿った首から熱い鮮血が吹き出す。

 マグマのように熱い。

 少しアルコール臭い。

 咆哮のような断末魔と共に巨体が落ちていく。

 引っ張られるように、俺も落ちていく。


 意識が遠のく……。


 そういえば、モンスターを討伐するのが冒険者の仕事なんだよな。

 じゃあ俺……今日で15連勤目じゃん……。


 不思議と地面に衝突した感覚はなく、「サカイ、サカイ!」と必死に俺を呼ぶイノの姿と、その後ろでざわめく冒険者達の姿が朧気に見える。

 ちゃんと助けを呼んできてくれたんだな。

 良かっ……た……。



  ■■■



「…………知らない天井だ」


 言いたかった台詞と共に、俺は目を覚ました。

 目覚めは気分爽快、とまではいかなかったがかなり熟睡していたようだ。

 まだ血を浴びた顔が痛い。

 包帯が巻かれている。

 薬の匂いがする。

 じゃあ、やはりここは病院か。


「サカイ……むにゃ……」


 病院のベッドに頭を乗せ、こくりこくりと船を漕ぐイノの姿があった。

 ……自然と手が彼女の頭を撫でていた。

 無事で良かったという安心と、せっかくの住処が燃えてしまったという同情混じりの手つき。


「……ん、サカイ……サカイ!? 起きたのか!」

「おぉ、おはよう。で、俺どのくらい寝てた?」

「二日だ! せんせー呼んでくる!」


 やはり驚くべき獣人の脚力。

 瞬く間に部屋を出ていったイノに、俺は思わず苦笑する。

 しかし二日か……たくさん寝たなぁ……15連勤はキツかったもんな……。

 でも、後悔はない。


 ――その後、イノが連れてきた医師に『ダエグバーンの血を浴びて顔の半分が火傷してしまったこと』を告げられ、髪の毛もちょっと焼けて薄くなったことに軽くショックを受けた。

 治癒していけば治るそうなので、気長に待とう。



  ■■■



「サカイ、上着返すです」

「そうだすっかり忘れてた。ありがとう」

「すんすん……」

「名残惜しげに匂いを嗅がないでもらえるか……」

「ふん……悪くなかったぞ、です」


 よくわからないが、何かに合格したらしい。


「しかしどうしてまたギルドに?」

「入ればわかる」


 ギルドに連れてこられた俺は言われるがままギルドの扉を開く。


「英雄が来たぞーーっ!!」


 その大声にドッと歓声が湧き起こり、なぜか盛大な拍手と共に迎えられた。

 紙吹雪すら舞っていて、お祭り騒ぎだ。


「太陽の化身とも言われるダエグバーンの討伐、おめでとうございます!」


 説明をギルドカードに丸投げした受付嬢がにこやかに告げた。

 え……? あの竜、太陽の化身とか言われてんの……?

 確かにめっちゃ熱かったが。

 血を浴びただけで顔とか火傷したが。


「そして……本当に、ありがとうございました」

「い、いえいえ……私はなにも……」

「あの状況で『なにもしてない』なんて謙遜(けんそん)は無茶ですよ。この場の全員が討伐したところを見ているんですから」


 全員……まさかイノがみんなを連れてきたあの時、この人数で助けに来てくれたのか。

 ざっと見ただけで五十人は居るぞ。

 全部終わったあとで悪いことしたかな……。


「あんた、レベル1だったんだよな。よくやってくれたよ。本当ならあんたよりレベルが高いオレ達の仕事なのに……言い訳になっちまうが火を押し留めるのに人手が必要でよ……まあ、ほとんど焼けちまったけどな」

「そうか……」


 あの時見た焼死体は、火の手を止めるために森へ入った冒険者だったんだ。


「だがあんたが仇を討ってくれた。森の仇を、動物達の仇を、俺達……冒険者の仇を」


 すると、周りの冒険者は一斉に胸の前に握り拳を置いた。


「――亡き同胞達に代わり! 勇敢なる冒険者に魂から感謝申し上げる! ……さあ、この勇者に肉と酒を持ってこぉぉーいっ!!」


 こうして俺は何十人から感謝を受け、宴に参加した。

 ダエグバーンの肉は……とてもじゃないが食べられなかった。

 火の通りが遅く、焼けたと思っても妙に生っぽいのだ。

 そしてとても臭い。

 でもギルド酒場の料理は絶品だった。

 イノも夢中で食べている。


 ……しかし、こうして大勢に勇姿を見られたわけだが。

 冷静になってみるとなんだよ「他人の痛みを知れ」って。

 今更ながら、すっごい恥ずかしくなってきた。

 なにせ、冒険者達がまるで自分の武勇伝でも語るかのように、俺の戦いぶりを嬉々として話し回っているからだ。

 あっ……やめてくれ、しぬ。

 恥ずか死ぬ……。


 ――そうして酒を飲み、つまみを食べ、また酒を飲み……【酒樽】でビールを出して回り、「今はお前がお酌される側だろ!」と怒られたりもして。

 俺はそんな賑やかな宴から、日が暮れた頃になってようやく解放されるのだった――。



  ■■■



 ――酔い醒ましに、イノとあの森へ来た。

 俺は残してあったもう一本の缶ビールを開け、焼けて消えた森に向け、黄金色を注ぐ。


「サカイ、なにしてるんだ? 酒、捨ててるのか?」

「いいや、あげてるんだよ。ここで亡くなった人達に向けてね」

「ふぅん……」


 墓石にかけたらカビが生えて大変なことになるから本来であればできないが、骨も残らずに焼けてしまった者達はここに眠っている。

 あの人も、せめて遺体を回収したかったが……あの後も森は燃え続け、ついぞ見つからなかった。


 ――負傷者78名、焼死者16名。

 俺が思っていたよりも、ダエグバーンの炎は絶大な被害をもたらしていた。


「やさしいな、サカイは」

「……イノもね」

「なんでだ。私はやさしくなんてないぞ」

「そう?」


 しゃがみ込んだイノは転がっていた石を積み上げて、手を合わせていた。

 彼女なりの弔いなのだろう。


「だって……人の食い物、勝手に食べるし……」

「それは悪い子だなぁ。食べ物の恨みは怖いぞ~」


 冗談混じりに俺は言う。

 イノは涙声になっているが、鼻水をすすることもせず我慢しているようだったのでそこには触れないでおく。


「秘密基地、俺も作るの手伝うよ」

「いいのか……?」

「もちろん。寝心地悪くなかったしな」

「ホント、やさしいな……お前……」


 元の世界に帰る方法なんて皆目見当もつかないし、しばらくはイノの秘密基地作りに付き合ってやるのも楽しそうだ。

 ぶっちゃけ忘れかけていた少年心をくすぐられている。


「次はもっと凄いものを作ってやろうな」

「っ、ああ。ドラゴンにだって勝てる秘密基地を作ってやる!」

「……それはもう砦では?」




 ――かくして俺の15連勤目は終わり、休めそうもない休日がやってくる。

 ささやかな幸せと現実の苦味を噛み締めながら、俺は始まったばかりの異世界生活をどうにかこうにか楽しんでやるつもりだ。


 でも、そうだな……。


 人間、疲れてしまう時が必ず来るだろう。


 そんな時はやっぱり、酒とつまみはあればいいな。




  ■■■




「……はっ、敬語! 付けるの忘れてた! です!」

「あ、やっぱりそれ、敬語のつもりだったんだな……」

「だってサカイ、歳上だろです」

「俺は別に気にしないが……ちなみに、語尾にですますを付けても敬語にはならないぞ」

「なっっっっ!!?」




 ――――完。



 最後までご覧いただきありがとうございました!


 ちなみに、なとりから出てる『一度は食べていただきたい粗挽きサラミ』がぼかぁ大好きです……

(黒猫娘のイノは酒井のサラミをむしゃむしゃ食べていましたが、リアル猫ちゃんにサラミは塩分強すぎてお腹壊しちゃうそうなので、ちゅういちゅういニャ)



 このお話が面白かったらもう少し下にスクロールしていただいて、☆☆☆☆☆のところをタップして★★★★★にしてもらえるとありがてぇです!

 感想も聞かせてくれると飛び回るくらい嬉しいです!

 すっごいモチベになりますので!!!


 それではまた次回作でお会いしましょう!(ノシ

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