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【5分小説】家を買う

作者: 長寿俊之介
掲載日:2023/12/11

「家を買いたいね」

 夫の寿ひさしがふいに言った。

「え?」

 妻の舞香まいかは突然のことに驚いた。

「どういう家がいいかな?」

「そんなお金があったら、持ってきてよ」

 2人とも40代で、夫の方は会社で役職者に就いている。

「マンションか、一軒家か、迷うね」

「聞いてんの? どこにそんなお金があるのよ」

「貯金、なかったっけ?」

「あんまりないわよ」

「あんまりって?」

「1,000万くらいかな」

「あるじゃない。頭金になるよ」

「けど、もしものことがあったらどうするの?」

「もしもって、病気とか?」

「そう」

「なんとかなるさ」

 寿は楽観的だった。

「そんな根拠もないのに」

「僕もピンピンしてるからね」

「病気は突然やってくるものよ」

「家は欲しくないの?」

「欲しいけど、もしものときのためよ」

「もしもに恐がってたら、生きていられないよ」

「そりゃ、そうだけど」

「家を買っちゃおう!」

「・・・」



 1年後、

 夫の寿が亡くなった。

 交通事故だった。青信号で歩きながら横断歩道を渡っている時に、車が突っ込んできたのだ。

 即死だったという。

 人生は何が起きるか、わからないものだ。



 それから、10年が経ち、

 夫の寿が建てようと言った家に妻の舞香はまだ住んでいた。

 夫が亡くなった時は、絶望したものだ。

 建築途中の新居を見て、大きな不安がよぎったものだ。

 専業主婦だった舞香は孤軍奮闘した。

 子供はいなかったから、一人で戦った。

 若い頃、働いていた会社に頼み込み、再就職を果たした。

 それからは、がむしゃらに働き、家を支えた。

 ローンは30年。

 あと、20年ほど残っている。

 あと何年、元気に働けるかわからないが、50代の舞香は奮闘している。

 夫が残した家を守るために。

 夫の生きた証を残すために。



 それから、5年が過ぎた頃だった。

 ローンはほぼ完済していた。

 だが、舞香は会社で倒れた。

 そして、すぐに帰らぬ人となった。

 死因は心筋梗塞だった。

 かなり無理をしていたという。

 仕事に復帰してから15年間、舞香は猛烈に働いた。

 身分不相応の大きな一軒家を建ててしまったものだから、のしかかってきたローンは大きかった。

 支給されたボーナスも全額、ローンに充てていたという。

 それでも、ローンは終わらなかった。

 生活を切り詰め、切り詰め、食費も抑えて、頑張っていたらしい。

 あと、ほんの少しだった。

 ローンの完済まで、あと、2か月というところだった。

 志半ばにして、舞香は逝ってしまった。

 あとには、誰も住んでいない大きな家だけが残された・・・。



 築16年ほどの家は、銀行が買い取った。

 半値以下で。

 寿も舞香も身内はもう誰もいなかったから、銀行しかなかったのだ。

 銀行は、家を売りに出した。

 大きな家にもかかわらず、リーズナブルな家はすぐに買い手が見つかった。

 今では、この大きな中古の一軒家に、家族5人が暮らしている。

 庭も広い。

 生前、寿はバーベキューパーティーをすることが夢だったから、広い庭にしたのだ。

 現在は、この家の子供たちのいい遊び場となっている。

 けれど、この家の住人たちは、以前、誰が住んでいたのかは知らない。

 誰がこの家を建てたのかも知らない。

 また、この家を残すために、ローンと孤軍奮闘して戦った、舞香のことなど知る由もない。

 ただ、今は笑い声に包まれている。

 家族の笑顔に満ちあふれている。

「いいお家を買えたね」

 そんな会話が毎日のようにかわされている。


 

 世間からみれば、寿も舞香も無名かもしれない。

 人は彼らのことを運の悪い気の毒な人たちだったと言うかもしれない。

 けれど、未来のために、未来の笑顔のために、彼らは己の人生を捧げたことは、間違いないのだ。


 終


 



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