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06 ヒロインの選択肢

 


「リア、今から部屋を出られる?」


 私の婚約が発表された朝食から数時間後ラーシュが現れた。普段はラーシュは学園にいる時間のはずだけど「ごめん。どうしても見せたいものがあって。夫人は出かけたから心配しないで」と珍しく扉から入ってきて私を連れ出した。


 広い屋敷の中をラーシュと歩いていく。部屋数が多くて一人で歩くと迷子になりそうな屋敷だ。


「古い書庫があるんだ。それで古い魔術を調べようと思いついた」

「入れ替わりの魔術を探すために?」

「そう。それで――」


 ラーシュは話しながら、ある部屋の前で立ち止まり重い扉を開いた。

 埃の匂いがする薄暗い書庫だ。フレイヤの自室ほどある大きな部屋は薄暗く天井まである高い本棚が並んでいた。床にも書物が散乱して長年使われていない部屋に見える。


「ここは今は流通していないような古い書物もたくさんある」

「禁忌の魔術もあったりする?」

「僕もそう思ってここを調べてみることにした。そこで僕は発見した」


 本棚をいくつか越えた先にそれはあった。

 床の書物を乱雑に避けたのか書物の山ができている箇所があり、そのすぐ近くに埃が被っていない床がある。


 ――その床には大きな魔法陣が描かれていた。


「これは……」

「見たこともない、知らない紋様だ」


 複雑な紋様の魔法陣は今は色褪せて黒ずんでいた。ラーシュが触れて見せるが何も起こらず、指で強くこすっても消えない。


「これは既に使用済みかしら」

「うん。しかも一度しか発動できないものらしい。色々試してみたけど黒ずんだまま消えもしない」

「もしかして」


 思い当たり、ラーシュを見ると小さく頷く。


「フレイヤ様は本当に悪魔を召喚したの……?」

「悪魔かはわからないけど、彼女はここで何かを行ったんだろうね」

「この書庫にその魔術書がある?」

「いや、今日ずっと探していたけど見つからなかった。入れ替わりの魔術が記載されている書物なら厳重に隠すだろうね。

 だけどこの魔法陣を残してくれたのは大きいよ。他の書物も調べて似たような紋様を探してみる」


 笑顔だったラーシュの顔が真剣な物に変わり、私に向き直った。


「必ずリアの姿に戻してみせるから。僕がなんとかする」


「でも……リアに戻ったら、私は殿下と結婚することになってしまうでしょう?」


 違和感を感じて尋ねるけれど、ラーシュは困ったように笑うだけで返事をしてくれない。


「ラーシュと暮らせるなら、別に私リアの姿に戻らなくてもいい……王族との婚姻なんてきっと断れないわ。それならフレイヤのままでいた方がまだ」


「いいや、父はなりふり構ってられない状態だ。どんな手を使っても嫁がせるよ」


「で、でも……」


「元の姿に戻って殿下と結婚したほうがずっといいんだ……!」


 いつも穏やかなラーシュが珍しく声を荒げて、埃がパラパラと落ちてくる。彼は自分の声に驚いて頭を下げる。


「ごめん、取り乱して。実をいうと焦ってる。

 辺境伯は独身だけど初婚ではない。次の結婚でもう八度目になるんだ。いつも夫人は不自然な死を遂げている。この意味がわかる?」


「う、うん……」


 ラーシュは私を強く抱きしめた。


「僕と一緒にいて欲しいよ。でもリアがつらい目に遭うことだけは嫌なんだ」


「フレイヤ様の両親はフレイヤを愛していたんじゃなかったの?」


「僕もそう思ってた。でも父は彼と縁を作って自分の立場を固めるのに必死だし、母は結婚に憧れているんだ、自分を投影して。美男子であれば夢を見れるから誰でもいい。二人とも目の前のことばかりで、その先のフレイヤの不幸まで考えていない」


「そんな……でも入れ替わりが戻ったらフレイヤ様は辺境伯のもとに嫁ぐことになるのよね?」


「君は優しすぎる。僕だって両親と同じだ、リアの命を守ることしか考えられないよ」


 私を抱きしめる腕が強くなる。痛いほどの強さがなぜか嬉しい。


「そうね。でも私、ラーシュと一緒にいれないなら、王子でも変態伯でも同じだわ」


 いつからこんなにラーシュの存在が大きくなってしまったんだろう、一緒に暮らすことを一度夢見てしまったからだろうか。


「リア、僕と逃げる覚悟はある?」


「逃げる、覚悟?」


「そう。僕はひと月かけてきっと入れ替わりの魔術を見つけ出す。リアにはまだ殿下と結婚する未来だってあるはずだ。僕と逃亡する未来だといい暮らしは保証できないよ」


 そんなの全く問題ない。私は別に豪華絢爛な暮らしがしたいわけでも、大聖女の称号がほしいわけでもない。


「入れ替わりの魔術はもう調べなくていい。――そのぶん一緒に逃げる方法を見つけてほしいの」


 私がそう言うとラーシュは目を開いて、満開の笑顔を見せてくれた。よかった、今日初めてのちゃんとした笑顔だ。


「わかった。ごめんね、僕がもっと強くならないといけないな」

「ううん。ラーシュはいつも私の気持ちを一番に考えてくれるわ」


 権力で、大声で、泣き声で、人を思い通りに動かす人なんてうんざりだ。


「それじゃあ二人で逃げる方法を探すよ。そのために忙しくてあまり会いにこれないかもしれないけど待っててくれる?」

「もちろんよ」


 ラーシュは私を強く抱きしめた後には、おでこにそっとキスを落としてくれた。きっと、大丈夫だ。ラーシュを信じる。しばらく私たちは書庫で抱き合っていた。




 ・・



 ラーシュの宣言通り、夜の逢瀬はなくなってしまった。

 朝食と夕食は同席できるけど、私たちの関係が疑われるのは困る。だから私たちは目線を交わすことさえ出来なくなった。


 会えないと会いたい気持ちが募るとはこのことだ。今までクラスメイトとして毎日おしゃべりをして、ここに来てからは毎日夜に顔を出してくれていたから。

 顔を見ることは出来るけれど、喋ることができないというのは、恋心を加速させるには十分だった。


 ラーシュは二人で逃げるための準備を重ねてくれている。そう思うのに、書庫での言葉を思い出してしまう。

 きっとラーシュは私が危険な状況に陥るなら、王子との婚姻を求める。私が拒否してもラーシュは受け入れてくれない気がする。


 ラーシュになら強引に奪われてもいいのに。それでも優しすぎる彼は私の未来を優先して、私との恋には生きてくれない。


 いつからこんなにラーシュを好きになって、溺れてしまっているのか。とにかく早くラーシュと話したかった。



 今日も夫人は上機嫌で生地に囲まれている。それもそのはず。私のウエディングドレスのデザインを考えているのだから。

 投げやりな気持ちで、この国では不吉とされている黒のドレスでも仕立ててやろうかと思ったとき、玄関ホールからドガッと音がした。


 また機嫌が悪い公爵が帰ってきたんだわ。目の前の夫人や使用人の表情がなくなる。私もこうやってこの場をやり過ごすしかないな。


 大きな音を立てて部屋に入ってきた公爵は青ざめ狼狽えた表情をしていた。こんな表情は初めてのことだ――そう思ったのは私だけではない。

 ゼエハアと肩で息をつく侯爵に使用人が水を渡して心配そうに見つめているし、「どうかされたんですの?」と夫人もさすがに尋ねた。


 息を少しだけ整えてから公爵は言った。


「フレイヤが殺人未遂の罪に問われている。処刑の可能性もあるそうだ」

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