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05 悪役令嬢と王子の婚約

 


 夫人は悲鳴をあげて倒れ、公爵はその場にあるものを蹴り歩いて部屋から出て行った

 二人の荒れ方を見ていると、フレイヤが王妃になる希望を捨てきれていなかったのかもしれない。人間絶望するとこんな風になってしまうのか。

 目の前の光景に委縮しきったデザイナーを帰らせて自室に戻った私はベッドに倒れ込んだ。

 怒りや悲しみを周りにぶつける両親を持つフレイヤに少し同情してしまうほどには疲れていた。



「だからといって、フレイヤ様が私にしたことは最低だけどね」


 私はラーシュに愚痴をこぼした。いつもより早くラーシュは訪れて、彼の口からも王子と『リア・ソルネ』の婚約が本当なのだと知る。


「それにしたって、もう婚約ってどういうこと? フレイヤ様との婚約破棄からまだ二週間しかたっていないわよ」


「今朝、殿下が生徒を集めたんだ。何かと思ったら婚約発表で僕も驚いたよ」


「二週間で婚約って……殿下の評判を下げないかしら。それとも貴族なら当たり前なの?」


「うーん、当たり前ではないだろうね。それに生徒へ向けて宣言するだなんて異例だ」


 貴族の常識はわからないけれど、普通に考えればあまり心象はよくないでしょ!? 婚約破棄をしてすぐに婚約発表だなんて、しかも大々的に。


「まるで婚約破棄前からリアと恋人関係だったみたいじゃない! ……あ、違うわよ。私は殿下と誓ってそんな関係じゃなかったから」


 慌てて弁明するとラーシュは「わかってるよ」と笑った。


「そして『リア・ソルネ』が大聖女に決まった」

「なんですって」


 ゲームでリアが大聖女になる時期よりずっと早い。でも大聖女に決まる=攻略対象との恋愛成就=ハッピーエンドだったから、つまり王子エンドを迎えた?


「フレイヤ様が大聖女に……」


 浄化の力は候補の中で私が抜きんでていた。身体が変わってしまったらその力もフレイヤ様の物になってしまうのだろうか。


「大聖女となれば元の身分は関係ない。婚約に納得を持たせるために急いで大聖女に決めたんだろうね」

「そんな……いくらなんでも殿下は急ぎ過ぎではないかしら」


 浄化の力が高くても身分が低いことを理由にリアを大聖女候補から外せという声も多かった。その貴族たちを納得させて、結婚まで認めさせる。たった二週間で……?


「もしかしてフレイヤ様は魅了の魔術でも使えるのかしら? それとも惚れ薬とか?」

「違うよ。僕にはわかる」

「わかる?」

「殿下は君のことを愛していたんだ。気づいていないのは君くらいなものだよ」


 ラーシュはきっぱりと言った。


「殿下が……?」


「上級生で王太子である彼が、大聖女候補とはいえ君の元にどうして毎日通うのか。リアはあまり相手にしていなかったけどね」


 確かに王子は毎日私のもとにあらわれた。それは乙女ゲームだからと思っていた。元のゲームでは攻略対象の中で一番好感度が高い人物が毎日ノルマで現れる。


「そんなリアが振り向いてくれたんだ。自分だけの物にしたかったんだよ、すぐにでも」

「まさか」

「本当さ。生徒に宣言したのも牽制。君の姿をしたフレイヤが『今まではフレイヤ様の目が怖くて素直になれなかったのよ』としなだれかかったものだから殿下は大張り切りだよ」

「フレイヤ様の計画は本当に恐ろしいわ……」


 執念じみたものを感じて、私の手は小さく震えた。


「リアは最終的には殿下と結ばれると思ってた」


 ラーシュは今まで見たことのない表情で絞り出すように言った。


「そんなことないわ。私は大聖女になる器もないから地元に戻るつもりだったの」

「リアの考えに殿下はきっと気付いていた。だからパーティーで大げさな婚約破棄を起こしたんだ。入れ替わりが起こらなくても、今回の結果にはなっていたはず。リアを大聖女にするために貴族たちをずっと説得して、根回しをしていたんだから」

「私を、大聖女に……」


 確かに私と王子は何度も話をした。でもデートイベントも起こしていないし、特別に仲が深まるようなイベントを起こした覚えもない。でも着々と王子とのハッピーエンドに向かっていたというの? 彼の持つ権力によって?

 知らず知らずのうちに進んでいた道を知り、寒くもないのに身体が震える。


「……僕が願ったから、入れ替わりが起きてしまったかもしれない」


 ラーシュは小さな声で呟いた。


「ラーシュが願う?」


「そう。殿下とリアが結ばれないように、願ってしまったんだ」


 ラーシュの瞳が私をじっと捕らえる。その言葉の意味を考えながら熱く揺れる瞳から目が離せない。


「僕はずっとリアのことが好きだったんだ。だからこうして殿下の目が届かなくて僕の手が届く場所にリアがいてくれるのが、奇跡みたいなんだ」


「ラーシュ……」


「入れ替わりはリアにとっては不幸なのに。こんなことを言ってごめん」


 そう言って項垂れるラーシュの手を取った。


「ううん。皆が王子に憧れるわけじゃない。王子と結婚して大聖女になるのは私にとって幸福ではないわ。結果的にこれで良かったのよ」


「ごめんリア」


「殿下は『リア』が私じゃないことに気づいていないわ。私を、リアを、本当に好きでいてくれるのはラーシュだけよ」


 その言葉にラーシュは顔を上げた。瞳は熱がこもって濡れていて、それを見つめていると私の胸にも熱い物が込み上げてくる。

 何度もラーシュに救われた。だからラーシュといると安心する。でもそれだけじゃなくなっていた。


「ねえ僕もリアと一緒に行かせてくれないか? リアと離れたくないんだ」


 この屋敷でなく、田舎でラーシュと二人暮らせたらそれはどれだけ幸せだろう。


「でも……あなたは、ブリンデル家の跡継ぎでしょう? 許されないんじゃ」

「大丈夫。気づいていると思うけど、僕は夫人の実の子ではない」


 ヒステリック夫人のフレイヤに向ける瞳とラーシュに向ける瞳が違うことには気づいていた。


「よくある話で愛人に生ませた子さ。母は僕を跡継ぎにしたくなくて、ずっと後継者を探していたんだよ。

 縁戚を養子にして跡継ぎにする計画は前からあったんだ。父は渋っていたんだけど、今回の婚約破棄騒ぎで状況が変わった。父が縁を結びたい家から養子をもらうことにしたんだ」


「そうだったの」


「父は最近その家に頻繁に通っている。きっと近いうちにそうなるはずだ。僕もブリンデル家には一切未練がないし、貴族であることに魅力も感じない。それよりもリアといたいんだ」


「でもラーシュにそこまでしてもらってもいいのかしら」


「これは僕の下心でもあるんだよ。僕だって王子と同じ。チャンスを逃したくないだけ」


「……」


「どうして僕がフレイヤの中身がリアだと気づいたかわからない?」


 ラーシュは私の手を握り返し、そっと自分のもとに引き寄せた。


「どうして?」


 見上げるとラーシュが穏やかに微笑んでくれる。


「ずっとリアのことを見ていたからだよ」


 引き寄せられるまま、私はラーシュの胸に頬を当てた。


「私、ラーシュが来てくれるなら王都への未練なんてこれっぽっちもないわ」


「僕もだよ」


 私たちは見つめ合って、その視線のくすぐったさに笑いあった。

 なんだか少しうまくいきすぎている気がするけれど。

 これまでひどい目にあったんだから、田舎で好きな人とささやかに暮らすことくらい許されてもいいはずよね。




 ・・


 嫌な予感は当たってしまった。


 翌日、朝食の席で夫人は「フレイヤの結婚相手を決めたわよ!」と宣言した。

 公爵の機嫌が悪く音を立てながら食事をしているけど夫人の言葉を否定しない。ラーシュに目を向けると知らなかったようで小さく首を振った。


「どういうことでしょうか……」

「状況が落ち着いたら殿下はきっとフレイヤを迎えに来てくれる、そう思っていましたけど。ふしだらな女にお熱になっているようだから」


 なるほど。あの辺境地に不似合いな煌びやかなドレスはいつか王子が迎えに来てくれると思っていたからだ。

 それにしてもふしだらな女って……その中身はあなたの愛するフレイヤちゃんですけど。


「それならばといいお相手を見つけてきたのよ。立派な方ですし、王都から離れた場所に住んでいるから問題もない。ほんの少し年齢は上ですけど美しい方だそうよ」


「殿下の不興を買った私を受け入れてくれるのでしょうか」


「もちろんよ。美しいあなたを受け入れない人などいないわ……!」


 フレイヤとよく似た顔を持つ夫人はキラキラとした表情で私を見つめる。


「王都にあまり来ることのない方だ。全て承知のうえで受けいれてくれたのだ」


「しかし私は……」


「お前に拒否権があると思っているのか……!」


 公爵は飲んでいたカップを壁に叩きつけた。琥珀色の液体が飛び散り、美しい細工のカップは粉々になっている。


「とにかく。ひと月後には嫁がせる。そのつもりで準備をするように」


 不機嫌な低い声はそう告げて、ヅカヅカと大股でダイニングから出ていった。この雰囲気のなかで信じられないほど、夫人は機嫌よく花嫁支度について話している。


 ブリンデル家から除籍、婚約破棄に学園退学、大聖女候補から除外、王都からの追放。

 王都から離れた地に住まう貴族のもとに嫁ぐのは、国から言い渡された処遇におさまっている


 ラーシュとの穏やかに暮らす日々は、一晩の夢で消えてしまった。

 上級貴族でもないのに貴族の不条理を押し付けられた私はラーシュの顔を見ることもできず、重い空気に包まれたダイニングでは夫人がウエディングドレスのデザインについて話し続けていた。

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