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01 悪役令嬢はヒロインと入れ替わる

 


「フレイヤ・ブリンデル。本日をもって君との婚約を破棄させてもらう!」


 パーティー会場で婚約破棄を宣言する王子。

 それは悪役令嬢物語定番の冒頭で、私は王子の隣でその光景を見守っていた。


「ここにいるリア・ソルネに対する陰湿な行いは未来の王妃にふさわしくない」


 王子の言葉に私はウンウンと頷いた。いつかこの断罪が訪れるはずだと耐えていたけれど、本当に陰湿だった。

 ようやく悪役令嬢からのいじめから解放される。私は婚約破棄を突きつけられた銀髪の美少女を見てやろうと思ったのだけれど、その瞬間目に映るもの全てが二重になって揺れる。

 おかしいな、身体の力が入らない。気づけば私の膝は折れてその場に崩れ落ちてしまう。


 最後に目に入ったのは扇子で隠しきれないフレイヤ様の笑顔だった。


 ・・



 酷く頭が痛い。目を開けると暗い。……ああ、そうだ、私はパーティーの途中で倒れて……そのまま眠ってしまっていたんだろうか。

 倒れた時に膝や腰を打ったのか身体のあちこちがきしんで痛いけれどなんとか身体を起こした。目が暗闇に慣れてきてぼんやりと部屋の全容が見える。


「うん……?」


 そこは知らない部屋だった。暗がりではっきりは見えないけれど広い部屋だ。そういえば布団もふかふかで肌触りがいい。

 そうか。王城で開かれたパーティーで倒れたから、空き部屋に寝かせてもらっているのかもしれない。


「お目覚めでしょうか」

「うわっ!」


 だ、誰!? 急に声を掛けられて大きな声を出してしまった。

 目をこらしてみると、ダークブルーのワンピースを着たメイドだった。暗い服は完全に夜闇に紛れていて、近付いてきたことに全く気付かなったわよ。ああもう本当に驚いた。


 彼女は私の反応を確認するとすぐに部屋の扉まで向かい「お嬢様がお目覚めです」と廊下で控えている者に声をかけた。

 しばらくすると大きな足音が聞こえてきて数名がなだれ込んでくる。先頭にいた中年男性はツカツカと大股で私に歩み寄ると、


「お前は一体何をしてくれたんだ!」と大声で怒鳴った。


 ……何? ただでさえ酷い頭痛でぼんやりとしているのに、突然怒鳴られたものだから頭の中ははてなマークでいっぱいになる。


「旦那様、まだ目覚めたばかりですから……」


 隣りにいた中年の女性が、オロオロしながらこちらの様子を窺っている。

 あまりのことに目を瞬かせていると「関係ない。もう娘ではない」と男性が女性に冷たく言い放つのが見えた。


「あの、すみません。これは一体どういうことで……」

「なんだ? まさか記憶を失ったふりをしているのではないだろうな!? そんなことをしても無駄だ。お前はもう退学させた。この家からも出て行ってもらう」


 理解できずに質問しようとした私の言葉に被せて、なおも男性は怒鳴り続ける。


「……この家?」


 状況は全く把握できない私は――救世主を見つけた!

 中年男性の後ろに控えている青年。唯一私がこの場にいる人物で認識できる人だ。


「ラーシュ! ねえ、ここはどこなの!?」


 彼はクラスメイトのラーシュ・ブリンデル。なぜ彼がここにいるかはさておき、目で助けてと訴えてみる。

 突然名指しされた彼は面食らっているようで、私の目線の意味に気づいてくれない。でも、彼しかこの場で頼れる人はいないのだ。


「しらばっくれおって!」


 中年男性の怒りのボルテージは最高潮に達したみたい。思いっきり平手打ちをされて私はベッドに倒れた。


「だから、本当に何!?」


 頭の痛みに頬の痛みをプラスされて。状況が一つも掴めないのに怒鳴られてはたかれて、私も我慢できずに叫び返した。


「気づいたら知らないところにいて! 状況も全くわからないまま! あなた上級貴族なんでしょうけど。だからといって突然怒鳴ってひっぱたくってさすがに礼儀がなさすぎないかしら!? 身分が下の人間だからってなんでもしていいと思ったら大間違いよ!」


 ああもう本当にイライラする。言いたいことを言い終えたら少しはすっきりしたけれど、目の前の夫婦は私を化け物を見るような目で見ている。頼みの綱のラーシュも目を見開いたままだ。


「えっと……怒っちゃってごめんなさい。でも、本当に状況を説明してほしいの」


「お父様。お姉様は本当に記憶を失ってしまったのではないでしょうか。頭も打っていたようですし……どちらにせよ混乱しているのは間違いないのでは?」


 ようやく放心状態から解かれたラーシュが控えめに言うと、中年男性も憑き物が落ちたように「そ、そうだな。ひとまず医者を呼んでこようか」と呟いたのだった。


 お姉様? 

 ラーシュのお姉様って……? 嫌な予感がお腹からせりあがりそれは吐き気に変わる。


「う……吐きそう……」


「お、おい! 桶を持ってこい!」


 バタバタと目の前が慌ただしくなるなか、また意識が薄れていく。

 ああ、今見た物すべてが夢でありますように……。



 ・・




「夢じゃなかった!」


 願いむなしく。目覚めた私は先ほどのベッドにいた。朝を迎えたらしく部屋の中は明るい。

 身体を起こすと昨日のメイドと目が合った。彼女は私の起床を確認すると、昨日と同じく扉をあけて私が目覚めたことを伝えている。起きたばかりなのにすぐに忙しくなるらしい。


 明るくなった部屋を見渡してみるとそこは女性の部屋らしかった。置かれている調度品などから貴族の家だということはわかる。……これはやっぱり、そういうことだろうか。


 私はのろのろと起き上がると、金細工が美しいドレッサーまで移動した。


「ああ」情けない声が漏れた。


 昨日の男性が怒り狂っていた理由がわかった。王子に断罪されるほどの失態を娘が犯したとなれば怒るだろう。貴族のことはよくわからないけど、有力な公爵家だったはずだ。立場も悪くなるでしょうね。


 ――鏡にうつっているのは、間違いなくフレイヤ・ブリンデルだった。昨日私の目の前にいたはずの女性。

 非現実なことなのに、なぜかこの事実を受け入れてしまっている。そもそも私は転生者なのだから、今さらファンタジーな出来事が追加されても驚くことではないのかもしれない。


「失礼します」


 ノックの音と共にメイドが入ってきて、その後から昨日と同じメンバーが入ってきた。昨日は怒りに任せて飛び込んできた中年男性も落ち着いている。最後に医者らしきおじさんも入ってきた。


「フレイヤ、身体はもう大丈夫なの?」


 中年女性は鏡の前にいる私に気遣うように尋ねる。この人はきっとフレイヤの母親なのだろう。

 頷くとベッドに戻され、医者があれこれ身体を調べたりいくつか質問をしてきた。

 医者は、倒れた時にあちこち打ち身の痣があることを確認し、一時的に記憶障害が起きているのだろうと診断した。


 打ち身の痣? リアは確かに倒れたけれど、あの後にフレイヤにも何かあったのだろうか。


「追って処分は下される。それまでお前はこの部屋から決して出ないように」


 フレイヤ父は厳しい口調で宣告して、夫人とラーシュを引き連れて出て行った。


 しばらく部屋に軟禁されるわけだけど。今の私にとってはありがたい、考えを整理しておきたい。


 私は乙女ゲームのヒロインのリア・ソルネ! 流行りの転生ヒロイン!

 乙女ゲームの世界に転生したものの、悪役令嬢にいじめられちゃってさあ大変。

 ようやく断罪シーンが訪れてざまあ!のつもりが、悪役令嬢と魂が入れ替わっちゃった!?


 うん。簡単な状況としてはこんなところだろう。


 さらに詳しく整理すると。

 田舎の男爵令嬢に生まれた私は十歳の頃に前世を思い出し、乙女ゲームのヒロインに転生したことにも気づく。


 十五歳の時、魔力確認の儀で浄化の力が強いことが判明し、この国の大聖女候補に選ばれる。

 魔術学園に入学し、国唯一の大聖女を目指して恋も魔術もがんばります! というのがゲームのストーリー。


 フレイヤ様は婚約者兼聖女候補。つまり恋も仕事もライバルの上級生。

 流行りの悪役令嬢の小説や漫画のように心を入れ替えた悪役令嬢ではないかと期待したけれど、フレイヤ様はゲーム通り普通に私のことをいじめてきた。


 私は王子を攻略する気なんてないんだから放ってくれていたらいいのに!


 だって私は、大聖女になりたくないの。私の希望はライバルに負けて聖女の資格はないですねって一年の終わりに田舎に帰らされるノーマルエンドだったのよ!


 田舎の男爵令嬢はそれなりに幸せで、それなりに不便のない生活を送っていたから、大聖女として働くなんてまっぴらごめんだった。

 あれはやりがい搾取だ。王子と結婚するという甘い餌で釣って、一生国にこき使われるのだ、絶対イヤ!

 乙女ゲームなら王子と結ばれてハッピーエンドで終わっても、この人生は続くんだもの……残念ながら私は聖母の心は持ち合わせていない。遠慮します!


 というわけでノーマルエンド一択! で進めていたんだけど、王子や攻略対象とのイベントがいくつか起きてしまって、フレイヤ様を怒らせてしまったというわけ。


 でも言い訳をさせて欲しい。イベントが起きても好感度はあげないようにしていたのよ。だから私と王子の間に恋愛感情は一切ない。デートイベントも一度もしていないし。


 ただあまりにもフレイヤ様の虐めがひどすぎた。もう少しうまく隠れてやりなさいよ! と思ってしまうほどあからさまで、フレイヤ様が私を虐めているのは広く知れ渡ってしまった。


 そこまでいけば、学園の中心たる王子や攻略対象が注意しないわけにはいかないし、王妃としての資格はない、と言い渡されるのは至極当然じゃないだろうか。

 言葉責めや仲間外れとか、持ち物をギタギタに切り裂かれるまでなら我慢できたけど、階段から突き落とされたのはさすがにやりすぎ。断罪されるのも無理はない。


 ようやく晴れてざまあ!だったというのに、このままじゃ私がざまあ!されちゃうじゃないのよ!


 王子のことは好きでもなんでもなかったけれど、これからヒロインになりきったフレイヤ様がハッピーエンドを迎えるかと思うと腹立たしい。王子ルートに入れば、王妃になれるのよ!

 リア(の見た目をしたフレイヤ)が大聖女になっても、聖女候補だった彼女のならば役目は難なくこなせるだろうし、妃教育を受けていたから王妃になる素質もある。


 でも、いじめにあっていた私が罪をなすりつけられて罰を受けて。いじめていた彼女は無罪放免で幸せになるって! 

 こんなスカッとしないバッド婚約破棄があっていいの!?



 とわめいても。今の私は誰がどう見てもフレイヤ・ブリンデルだ。


 入れ替わってる!と主張したところで誰も信じるわけがない。世間から見れば私は王子に断罪された女なのだ。


 そして、私が最後に見たフレイヤ様のあの笑顔! 絶対この入れ替わりはフレイヤ様の仕業でしょ!

 彼女と話がしたいけど、少しでも近づこうとするならぱ大声を出されてさらなる罪をふっかけられるかもしれない。


 つ、詰んでる……!!!


 絶望を感じていると部屋をノックする音が聞こえた。

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