我が家の秘伝のタレ
皆さんこんにちは 風祭 風利です。
今回は「秋の歴史 2023」の作品として投稿したのですが・・・
まず言い訳させて貰いますと「歴史」という意味を履き違えておりましたことを深くお詫びしたいと思っております。
でもここまで書いて没にするのはあまりにも後味が悪い、なんてレペルでは無かったため、投稿させていただきました。
歴史を楽しみにしていた人には申し訳ありません。
それでは本編へどうぞ
ここはとある閑静な住宅街でひっそりと暮らしている食堂。 有名ではないもののこの辺りの人間なら誰しもが一度は訪れることのある食堂。 その歴史は長すぎないが浅すぎない、創業はもう少しで80年になるのだとか。
その食堂を支えているのは現在4代目になる店主と、そんな店主を支える妻。 この食堂で育ってきてこの味を守らんと日々奮闘をし続けてきた今年から高校生になった息子と、店の看板娘である彼の年違いの妹の4人でやっている。 家庭は円満である。
この食堂にはある特徴がある。 それは平日と休日で開店時間が異なる点だ。 元々閑散とした住宅街であるこの場所は、お昼は会社や学校に出向いている家庭が多い。 そのため朝からやることは多くなく、お昼から夜にかけて営業をしているのだが、休日ともなればそれはガラリと変わる。
その食堂でしか味わえない料理に、家族連れのお客はみな舌鼓をうつ。
それだけお客を魅了するのは、料理や人柄も当然あるのだが、なによりもこの食堂の料理に使われている、タレにあった。
ウスターソースベースのそのタレは、舌を刺激するような辛さの中に、砂糖とは違う甘味が後から追い掛けてきて、肉や野菜はもちろん、魚やラーメンのスープとしても使われる。
その味は辛いのがまだあまり得意でない子供から、濃い味が厳しくなってくる老人まで、幅広い層から受けが良い。 そのお陰で今の時代まで続いた訳でもある。
そしてそんな食堂が忙しくなるある日の事。
「お待たせしました! 秘伝のタレで作った回鍋肉です!」
「ありがとうねぇ。」
「お婆さん、本当にこの回鍋肉が好きだよね。 父さんが小さい頃から食べるって聞いたよ?」
「そうねぇ。 初めて食べたあの日から、この味を味わえないと思うと寂しくなるのねぇ。 昔はご飯とかも一緒に食べられたんだけど、今はこれを食べられるだけで十分だよぉ。」
そう言いながらお皿に乗っている回鍋肉を一口食べる。 すると幸せそうな顔をするのだった。 それにつられて自然と笑みになっていく。
「おーい、こっちも注文いいかい?」
「はいはーい。 ご注文ですね。 それじゃあ、ゆっくりね。」
そう言って別のお客のもとへと足を運ぶ。
「ラーメンとチャーハンお願いね。」
「かしこまりました。」
「それにしても随分と働くなぁ。 将来はやっぱりこの店の跡を継ぐのかい?」
「うん。 父さんの、うちの料理に使ってるタレは誇りだからね。」
「誇りかぁ。 言ってくれるじゃねえか。 こんなにいい息子に育って、鼻が高いだろ、おやっさん。」
おやっさん、つまりここの店主に対して、工場勤めであろうお客はそんな風に声をかける。
「ははっ、俺もお前くらいの時期はそう思ってたよ。 血は争えない、というよりもそう言う血筋なのかねぇ。」
そんなやり取りをしている間にもお客の足は止まらない。 お昼時ともなればそれはそれは忙しくもなる。 なので両親2人が料理を作り、子供2人で注文を取りに行くのがこの店のスタイルになっていた。
そんなお客の声はやはり料理に関することが多い。
「この店はなんと言ってもあの秘伝のタレにあるね。 あれひとつでこの店を賄ってるって言っても過言じゃないよ。」
「学生時代からお世話になっていますが、どれだけ歳を重ねても、この味だけは変わらないままでいてくれます。」
「俺はもう一代前からも通ってるんだがな。 その味をちゃんと今の店主に受け継いでるんだよ。 だから変わらずにいてくれるんだろうな。」
連なる気持ちは皆同じで、このタレに魅了される人が多いので、一時は小分けにして販売しようかと模索したらしいが、
「我が家の伝統は他の人が作れるようになっちゃいかん。 それにここに食べに来てくれる人がいなくなるのは、寂しいものじゃないか?」
これは祖父の代で言った言葉で、それを代々伝えているのだ。 なので門外不出のこの食堂のみの味付けとなっている。 もちろんテレビ等には一度も出ていないので、作り方を今知っているのは店主のみである。 その妻も知ってはいるものの一部のみである。
そして忙しさが落ち着いたその時間帯。 皿洗いを手伝っていた時に言ったのが、
「父ちゃん。 俺にもこの味について教えて頂戴よ。 俺だってこの家の跡取りになる男だから、このタレの作り方を知らないと、父ちゃんだって困るでしょ?」
そんなまっすぐな意見を言われてしまえば、黙っているわけにもいかなくなる。 そう考えた店主は一言だけ言う。
「この味は俺の口からは説明しない。 代わりに俺達のじいさん達から受け継いだノートがこの家の屋根裏に存在している。」
「じゃあそれを見つければいいんだな?」
「ただし、探すのは人混みが終わってからだ。 忙しい時に抜けられるのが困るのは、お前もよく知ってるだろ? 後父さんは詳しい場所は教えない。 屋根裏にあるとだけ伝えておく。 見つけられるかはお前次第だ。」
その言葉に絶対に見つけるぞと意気込みを見せるのだった。
そして捜索する時間が訪れた。 雨だったからかお客さんが来るのがまばらだった。 それでも休日のお昼時は忙しいのには変わらなかったが。
「この屋根裏のどこかに、うちのタレの作り方が書かれた本がある・・・」
そう思えば屋根裏の整理をする事に対してやる気も上がってくる。 自分にとって、そして地域の人達にとって、長年愛されてきたタレの味。 なにより自分がこの味を忘れさせてはならないと思いながら、屋根裏のありとあらゆる場所をあちこち移動させていく。 もちろん乱雑に置くのではなく、しっかりと片付けられるように、中身を見た後も整理整頓はしていた。
「うーん、これでもない・・・これも違う・・・ これは・・・ゴホッ、埃を被りすぎてるけどたぶん違う・・・」
書物を開けてみては中身が違うと脇に置く。 歴史のあるものと言うことは古い書物だと目星を付けているので、それっぽい物を見付けても、全く違うものが多かった。
「どれだろう? あと他に本が入っている箱ってあったっけ?」
そう言って先ほどまで箱で埋め尽くされていた押し入れの中へ入る。 するとあまり高くない押し入れの仕切りに頭をぶつけた。
「痛てっ! ・・・ん?」
その衝撃でなにかが落ちるのが見えた。 それはこの押し入れの古さに相応しくない位に綺麗なノートだった。 開いてみるとそこに書いてあったのはある料理の材料と細かく書かれた作り方だった。 そしてそれを見ただけで分かった。
「・・・これが・・・先祖代々伝わる、うちの秘伝のタレの作り方・・・?」
驚きよりも拍子抜けが先に来る。 何故なら材料はなにか特別なものを使っているわけでは無かったからだ。 あれだけ庶民に親しまれている味なのに、作り方を見ればほとんどがお手製と言われてもおかしくない、パッとしないものだった。
自分の追い求めていたものが、ただの自家製のタレだった事を知り、力が抜けかけて次のページを見ると、今までのレシピとは違う文面が書かれていた。 そこに書かれていたのはこのタレを作ったとされる初代の言葉だった。
『私の後継者達よ。 この秘伝のタレのレシピを見た時に、愕然としているのが目に浮かぶ。
そもそも私は農民生まれ。 おいそれた料理を作れるような人間ではなかった。 このタレも作れたのはほんの一握りの偶然の産物。 誇れるような物を作ったとは、私は思ってはいない。
だがそれでもこのレシピを残すのは、人間の舌というものは、案外バカ正直だということだ。 この味を美味しい美味しいと食べてくれる。 そんな人達がいるだけで、この味は私たちのような後世に受け継がれていく。
それが結局は歴史となり、人々を支える起爆剤になるのだ。
特別なレシピじゃないと絶望してくれても構わない。 だがこの味だけは私たちが生きている証として残しておいて欲しい。 それがこのレシピを後世に残す理由だ。
決して途絶えることの無い、確固たる味を残していることを私は願う。 それが農民として生まれた、私の唯一無二の誇りだからだ。 その誇りを失われないことを、私は願っている。』
そう締め括られた所で、秘伝のタレが継ぎ足しながらも残っていた理由を悟った。 特別なものなんて入れなくても、みんなの心に残っていることが、歴史を彩るスパイスなのだと、この本を読んで分かったのだった。
「初代・・・特別なものなど無いと思った自分をお許し下さい。 俺も絶対に途絶えさせはしません。 この味はみんなの味だから。」
初代の書かれた文面のページを開きながら土下座をして、心を新たにしたところで、ノートの最後になにか書かれているのを確認する。 それは初代に祖父、そして父の名が書かれていた。 次に見るもののために書き足したのだろう。
だから名前を残して、最初に見たところと同じところにノートを隠し、そして押し入れを元に戻してから、そろそろまた忙しくなるだろうとお店に戻った。
秘伝のタレのレシピはいまだに残っており、例えテレビ取材が来ようとも決して明かすことの無いタレの秘密は、初代から引き継がれるこの世で1つしかないスパイスを入れた、庶民に愛されるタレだった。
いかがでしたでしょうか?
どうも自分の中で勝手な解釈をしてしまい「歴史」≠「伝統」という答えに至らなかったのが原因なのですが。
因みに作者は歴史は苦手でしたw
こんな脈略のズレた作品を書いております風祭 風利をどうぞよろしくお願いいたします。
それでは別作品でお会いしましょう