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かっちゃん

作者: 秋津音彦

人は彼のことを、バカのかっちゃんと呼ぶ。かっちゃんは、左手を金尺のように屈折させ、体躯を心もち傾げて、ひょこりひょこと夏の往還をいつものように歩んできた。子らは「あっバカのかっちゃ~んが来た~」と、口々にてがうが、かっちゃんは意にも介せず、ただにこにこしてるだけ。下手に悪態すれば、子らの格好の餌食になる。


ある日、かっちゃんは駅舎の待合にぶらりと現れて、汽車待ちの客の間にひょいと座った。かっちゃんのことは町の誰もが知ってるから、気にする様子もない。かっちゃんは売店の方をみていたが、えへへと口をゆるめて、右隣のおばあさんの袋鞄の中に手をいれた。それに気づく人は誰もいない。


 かっちゃんはひょこっと立ち上がって売店に行った。「あ、あの~、あ、あ、あいす、ああ、あいすくれ」と吃音で言う。店員もかっちゃんのことは知っている。「あい、アイスキャンディーやね、はい」といって、渡したものの、はて、かっちゃんが買い物したことなど見たことがない。「お金あるん!」というと、かっちゃんは、がま口を取り出し、「ここ、これや」と店員に千円札をぎこちなく渡した。その時、おばあさんが、「それ、わたしのや、わたしの財布や~」と大声で叫んだ。店員も待合室の客もみなかっちゃんを見た。


 かっちゃんは駅前の交番の椅子にすわっていた。財布はおばあさんに返っていたが、アイスキャンディーは、既にかっちゃんの舌で舐められていたので食べてしまった。巡査は「なんでそんなことをした」と問い詰めていたが、バカのかっちゃんである。ただ、にやにやして悪びれるところがない。「今日のところは、キャンディー代金は俺が払っておいた。もう二度とするなよ」と巡査は諭したが、かっちゃんは礼も詫びもいわずに、椅子からひょいと立って、また日照りの往還に帰っていった。


※てがう=からかう・ちょっかいをだす。


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